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Channel: 録画人間の末路 -
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映画を見るための映画、「グレンとグレンダ」

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ちょっと前から送料無料を条件付きにしたことが話題になったAmazon。今回とりあげるソフトを含め、DVDソフトを3枚取り寄せたんですが、10枚以上は入るでかいダンボール箱に、一応ダンボール板にビニールまいてプレスはしてあるものの、中でバラバラ状態でした。破損するほどではないにしてもなんか無料のときより大雑把になってしまった印象・・・大丈夫か? Amazon

今回購入したDVDソフトはこちらになります。

プラン9・フロム・アウター・スペース × グレンとグレンダ【エド・ウッド監督作品 ダブル・コレクション】 [DVD]ベラ・ルゴシ,エドワード・D・ウッド・Jr,ドロレス・フラー,グレゴリー・ウォルコット,トー・ジョンソン有限会社フォワード

エドワード・D・ウッド・Jr、通称エド・ウッド監督作品二本のカップリングで、そのうちプラン9・フロム・アウター・スペースは以前に同じ販売元から発売済みであり、わたしはすでに所有しているので今回の購入目的はもう一本の「グレンとグレンダ」ということになります。こちらが単体発売されればそれで良かったんですが、生憎とカップリングのみ、しかも今回が同社としては初のDVD化販売となるためにこれを買う以外に選択肢はありませんでした、この時は! なんとこれを注文したあとに

エド・ウッド コレクション DVD-BOXエド・ウッドブロードウェイ

別のメーカーがこんなんだしやがったorz 値段はどんとあがりますが「怪物の花嫁」も収録されているうえ、ボックス仕様・・・。こいつに飛びついた時には今回来たDVD注文したこと、すっかり忘れてたんですよ。キャンセルすりゃ良かった・・・。もうしょうがありません。今回取り上げることで少しでも元を取りましょう。

基本的にB級映画を好んでみる性質とはいえ、興味をそそられるのはホラーもしくはSF風味作品のみであるわたしにとって「グレンとグレンダ」は畑違いの作品であります。にも関わらず購入したのはそのSF風味B級映画の中では特にできの悪さで知られる「プラン9・フロム・アウター・スペース」の監督作品であり、そして同作同様に映画「エド・ウッド」に登場する作品でもあるからです。
過去に紹介したこともある映画「エド・ウッド」はティム・バートン監督によって作られた作品で、「グレンとグレンダ」「怪物の花嫁」「プラン9・フロム・アウター・スペース」の三本の映画を撮ったころのエドと、客寄せのために出演した往年の映画スター、ベラ・ルゴシの二人を中心に書いた作品です。三本の作品はかなり忠実な劇中再現がありますが内容に関しては「最悪の作品」「これは本当に映画なのか?」とプロデューサーや売り込み先にけなされるだけで実際の中身は分かりませんでした。理解するには実際の作品を見るしかありません。そういう意味で楽しみにしていたのが本作「グレンとグレンダ」なのです。ちなみにカップリングと言っても同梱されているDVDは一枚だけ、しかも片面一層という小容量に総計150分の2作品が収録されているのですから、当然ビットレートは低く画質も大したことはありません。ですが2作品とも画質を楽しみ作品ではありませんし、VHSソフトをダビングしただけということもなくフィルムからスキャンしてありましたので最低限はクリアしていると言っていいでしょう。

冒頭、ベラ・ルゴシが登場してなにやらおぞましいセリフとともに化学の実験を行い、「あれ? ホラー映画かSF映画?」と視聴者を煙に巻くシーンから始まりますが本編はそれとは全く関係なく、女装癖のある男がそれを理由に警察から四回も逮捕され、それを苦に自殺というとんでもないシーンから始まります。担当の刑事はホトケの心境を知るためにその道の権威という医者を訪ね、二つの事例を聞かされます。その一つが"グレンとグレンダ"なのですが、本作のほとんどはその医者によるナレーションで展開し、映像や登場する人物のセリフはその説明を補足するだけのもので、演技や演出でストーリーが進むことがほとんどありません。ときおりベラ・ルゴシが出てきてはいろいろ言いますが本編の補足にはなっておらず、全く意味が分からないのです。"グレン"とはその一つ目の事例の人物で女装がやめられず、婚約した女性と結婚していいものかどうか悩んでいるという人で、パッケージの裏には「ダニエル・デイヴィス」とありますがこれはスタッフロールに出てくる役者名にすぎず、グレンを演じるのは監督兼脚本家のエド・ウッドその人本人です。この作品によって当時の姿が完全に残ってしまっているのはエド本人にとって良かったのか悪かったのか分かりませんが、映画「エド・ウッド」を撮るときに最高の資料になったのは間違いないでしょう。グレンは女装しているときの自分を別人格のように思い込んでいるという説明があり、その時の名が"グレンダ"なのですが、それが重要な意味を持つシーンは映画内には全くなく、単にタイトルのゴロのよさ(現題は"GLEN OR GLENDA")をとったとしか思えません。内容がすすむと一時説明はなくなり、それまで登場しなかった人物のなにやらエロティックなシーンがそれっぽい音楽とともにセリフもなく展開し、なにやらグレンが自分の癖に悩んでいるっぽいとは思うのですが、やたら画面が飛ぶのでわけがわかりません。いくらグレンの苦悩を映像だけで表現しようとしても、どうみても技術もそれまでの展開を踏まえた演出も、理想についていってないのです。なによりちょろちょろ登場する髪の毛が触覚のようにとがっている謎の人物(怖い)のインパクトが強すぎて映像を理解する気になりません。最後には女装壁は婚約者に受け入れられ、幸せな結婚生活とカウンセリングの効果でグレンダは消え、グレンは幸福に暮らしたらしい、となるのですが・・・。
一方、もう一つの事例として挙げられた男性は、現在でいう性同一性障害、しかも不完全ながら両性具有者であったということであり、これを性転換手術で克服するというものでした。ちゃんと女性と恋をし、男性として生活できるただの女装壁持ちとは全く次元の異なる話で、両者を似た事例として並列する意味が全く分からないのです。後者の話だけならある意味現代にも通ずる先人的テーマであるのですがこちらは大半を記録フィルムを使ったオマケ扱いの部分で、話のほとんどは前者に偏っています。

とにかく終始全く分からない内容で、わたしでは説明のしようがありません。わたしに説明できるのはベラ・ルゴシパートで語られる"子犬のしっぽ"や"太ったカタツムリ"というのがマザーグースの一本にあげられる「男の子はなんでできている?」の歌詞にあるものだ、ということくらいです。多分なにかの象徴なんでしょうが、わたしはそこまで詳しくないです。この「グレンとグレンダ」をある程度理解してみるに必要なのが「エド・ウッド」でしょう。本作では「グレン~」は性転換映画をベースにしてもともと女装壁のあったエド・ウッドがその癖を恋人に打ち明けるために設定を勝手に変え、女装壁の方を前面に出して作った映画とされています。正直どこまで本当か分かりません。「エド・ウッド」はある程度事実に沿っているとはいえ、当然面白くするために盛った部分・勝手に作った部分は多々あるでしょうからそれらが事実に沿ったものかまでは分からないのです。が、そうとでも思ってみなければ理解することさえ拒否したくなるような映画が「グレンとグレンダ」なのです。つまり「グレンとグレンダ」を見るためには「エド・ウッド」が欠かせず、「エド・ウッド」をより面白く見るために「グレンとグレンダ」は一度は見ておきたいという、両者が相互補完を行う関係となっているのです。映画を見るための映画、と考えればいくらわけわからなくてもまぁ構わないでしょう。一方、「プラン9・フロム・アウター・スペース」ももちろんいろいろ理解に苦しむ内容ですが、説明ナレーションでしかストーリーが進まない「グレンとグレンダ」よりはマシな作りになっている感じです。細かい部分の突っ込みはもちろん「エド・ウッド」を見ておくとより楽しめます。

エド・ウッド [DVD]ティム・バートン,スコット・アレクサンダー,ラリー・カラツェウスキーブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント

しかし、何度聞いても冒頭の音楽のイントロ、日本製怪獣映画「大怪獣バラン」のバラダギ様に祈りをささげる曲をパクッて使っているようにしか聞こえないなぁ。

パナソニック、テレビ用液晶パネル製造から撤退

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この手の話には珍しく新聞が先行して報道したためにやや唐突な感もありますが、パナソニックがテレビ用液晶パネル製造業からの撤退を表明した模様です。

TV用液晶、パナソニック撤退へ 残るはシャープ系のみ

あくまで「テレビ用の液晶パネルの製造から撤退」というだけで、テレビ製造はもちろん液晶パネルもテレビ用以外の小型のものは製造を続けるとのことです。が、液晶パネル製造の規模は大幅に縮小されるため、いずれ完全撤退してもおかしくないでしょう。一方テレビ製造はほぼ鎖国状態の日本市場においてパナソニックが外れるともう日本における「テレビ」という存在が成立しなくなる危険性があるため、国策レベルで何をしてでも製造を続けさせるでしょうが・・・。

確かパナソニックは昨年、久方ぶりにテレビ事業を黒字にした、という発表がありました。今後はそれを定着させるため、体質改善に取り組む、という話だったのですが。

テレビ事業の黒字定着を目指すパナソニック。プレミアム高級テレビ連打

わずか13日前にこれからの取り組みに関して話していたときは液晶パネル製造に関しては一言も触れていなかったようですが、裏ではちゃっかり国内のリストラを進めていたと言うことです。都合の悪いことは決まっていてもとりあえず隠しておく、という考え方に同社の姿勢が感じ取れます。


それにしても、この手の話に必ずついてくる文章が「北米や中国市場で日本メーカーのテレビが売れておらず、中国韓国メーカーに市場を奪われた」という一言です。実際シェアをみんな持って行かれているんでしょうが、日本のように「テレビという商品そのものが売れなくなった」のではなく、「他国のメーカーにシェアを奪われた」ということは、少なくとも他国ではテレビ市場はまだそれなりに存在するということです。いったい日本メーカーのテレビの何が悪いのでしょうか? 残念ながらインターネットでは、あまりはっきりしなことは分かりません。ただ「奪われた」という結果が分かるのみです。ならば国内で売られているテレビからそれを推測しようとしても、ご存知の通り日本でテレビを販売しているメーカーは少なく、海外メーカーに至っては韓国のLGが売られているくらいです。もちろんLG電子は現状世界トップクラスのテレビ売り上げを持つメーカーですから少しは空気があるのか・・・と思っても・・・。最近あまり電気店をじっくり見る時間がなく、少し前の印象しか持っていないのですが、目立つところと言えば有機ELパネルを使ったテレビを出していたり、いまだ3D対応を謳うことをやめないことくらいでしょうか。その3D対応が災いしてギャザーが目立ち、有機EL搭載機はともかく液晶では国内メーカーに勝っているとは思えません。ただ、わたしが昔から「本来のテレビの主戦場」と思っている32型前後に限れば仕様からも実際の画からも、そして値段でもLGが一枚も二枚も上という印象があります。ここから推測する限り、日本のメーカーがシェアを奪われている理屈があるとしたら低価格機の手抜きが原因じゃないか、としか思えないのですが、先のパナソニックの発表にしても、むしろ高価格高機能モデルを押したいという印象で、低価格機はやっぱり力を入れる様子はないのですが。あくまで「国内ではそうするが海外では別」なのか、それとも「海外でも同じようにやる」のか分かりませんが、液晶パネルをよそから仕入れることで根本的な画質開発をしなくても良くなった(少なくとも横一線、悪い意味でも)分ソフト面に力を入れてそっちで差別化される高級機を中心に国内ではやっていくということなのでしょう。


最近4Kテレビに関して取り上げることがなくなっていましたが、WEB上ではやたら景気の良い声が飛んでいます。「低価格化によって4Kテレビが買いやすくなり、売れている」「だからこそひと味違う高級機がお買い得」「最近では売れ行きが鈍ったスマホに代わって4Kテレビを押し出す量販店も出てきた」・・・。ネットを適当に回っただけですが、主に商業サイトを中心に連日4Kテレビの話が出ています。あきらかに「広告兼用」の記事です。わたしらちょっとヘビーなネットユーザーが例の「録画禁止」の影響で積極的に現状のテレビのことを取り上げる気力がなくなったのをいいことに、ここぞとばかりに4Kテレビの評判を上げておこうという腹なのかも知れません。もちろん狙いはオリンピックの買い換え需要引き起こしです。先日、本当に久しぶりに短時間だけ電気量販店をうろつく時間があったのですが、久々にレコーダー売り場に積極性が見られました。レコーダーを箱の状態で積み上げ、「おすすめ」「売れてます」と赤い字で書かれた紙のぼりが目立ってます。ただ、そのレコーダーは500GBというPCユーザーから見れば驚くような小容量のHDDしか搭載していない低価格機で、しかも威勢が良いのは置き方ばかりで客は全然いませんでしたが。

4K8K放送などやる気のない民放キー局が言い出した「録画禁止」。これは密室で談義されているため、現状どこまで話が進んでいるか全く分かりません。ただ、いくら日本でしか需要がないのに売れていないレコーダーと言ってもそれなりの売り上げは見込めるメーカーはさすがに反発しているようです。
最近テレビは地上波4Kうんぬんよりネット動画の受信と活用を前に押し出してきている感があります。これがメーカーの民放離れを意味するのか、それとも将来来るだろう民放の方針「録画禁止+再送信有料化」セットのハードルを下げるための露払いとして行われているか分かりませんが、テレビの行方が今までの印象とはひと味違ったものになっていきそうな予感はしてきています。

ご報告

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ブログのいいところというのは、とても口には出せないことを書くことで何かしら形にできることだと思います。それゆえにこのブログのことは友人知人には話していません。実際のわたし自身を知っている人ではなく、WEBを通して、このブログのテキストを通してのわたししか知らない人だけが読んでいると思うからこそ、好き勝手な意見、あるいは愚痴を書くことができるからです。誰かに見てもらっていると思うだけで、少し気が晴れることもあります。だから、もし仮に、わたしを知っている人が「あ、これ、絶対言わないけどあいつだな。どれ、定期的に見てやるか」などと考えて読んでいるとしたら、心の底からお願いします。読むのをやめてください。顔見知りが読んでいることが発覚したら、このブログは閉鎖するつもりでいます。ここで読むのをやめて、二度と来ないでほしいです。もちろん顔も住んでいる具体的な場所も知らないという人なら常時歓迎しています。






















もう直接知らない人ばかりになったでしょうか? 最近はスマートフォンで読む人が多いのでこのくらいの改行で十分だと思うのですが。今回は完全な愚痴であり、本来人に読ませるべき内容でないものであり、もちろん顔見知りには、ものすごく身近な人を除いてとても言えない話です。そういう話が嫌いな人も、少なくとも今回の内容に関しては読むべきではないと思います。







このくらいでいいでしょうか? ここからは少し読みづらく書きます。正直混乱しており、まだその覚悟もありません。これから書くのは泣き言です。わたしは自分が自立していない人間であることを自覚しており、幼いころの経験がそうさせるのか、明日が来るのが常に怖いと思っている人間です。だからこそ書くのですが、父がガンになりました。この2か月ほど、急に口調に老化が感じられるようになり、見るからにやせ続けていった父。ガンには以前もなったことがあり、それ以降、ほぼ定期的に医者に通い、ガンの再発や体調を常にチェックされていたのですが、医者は全く気が付かなかったようです。当初はわたしらにも知らされていませんでした。ほんの数日前、「また今回も富士山が見られなかった」と母と行った伊豆旅行から帰ってきたばかりの父、その翌日定期的検診の医者に行ったところ、肝臓の数値が悪いとのことで検査を受け、その場で入院を勧められました。と、言っても向こうが言うにはあくまで「検査入院」とのことだったのです。ただし、入院の指定日はわずか二日後でした。そして昨日、入院したところ、本格的な検査を受けたうえで手術を告げられたのです。肝臓が悪いのは、腫瘍がインシュリンなどの通り道をふさいでいて、肝臓に必要以上の負担をかけているから、とのことでした。腫瘍を取るのは難しいため、代わりにパイプを使った通り道を確保する手術をするのだそうです。ただ、内視鏡を使った体に負担をかけない簡単な手術ともいわれました。そして付き添いとして手術に立ち会った母が、医者から父がガンであることを告げられたのです。なお、以前患ったガンが転移したり再発したりということではなく、全く別のガンとのことでした。先の父に行った説明自体は本当で、腫瘍であるガンを除去するのは難しく、抗がん剤や放射線治療しかないということなのです。余命は短ければ半年、長くて5年。さすがの母も崩れ落ちる、残酷な通知でした。先も書いた通り今回の手術はパイプを通しただけであり、これによって体力が急速に衰える・・・などといったことはないかも知れません。余命半年というのもあくまで「最悪の場合」とのことですが、先日検診を受けて以来、全てが最悪の方向を選んでいるようにしか見えません。覚悟はしなければならないでしょう。もちろん父には知らせていませんし、とても言えません。顔見知りは一切読んでいないと信じているブログだから書けるのです。
父を失う日が近いこともショックですが、わたしはこの先一人で店をやっていけるのでしょうか? と考えるのが恐ろしいのです。父の仕事はある程度うけついだつもりですが、一部の重要な部分は父が聖域のごとく守っており、わたしにも触れさせてくれていません。それをわたしは知る必要があります。また、勝手なことを言うようですがこれからほとんど休日のない人生に耐えられるかどうか、という恐怖があります。わたしがたびたび東京などへ行っていたのはその間父に店を任せっぱなしにできたからであり、その逆ももちろんあります。ですが、もう任せられる人がいない以上、一人で何年でも続けていくしかありません。もう東京などへは一定期間どころか数日の滞在も無理でしょう。休みは本当にわずか、月に2~3日しかないのです。その休みも、「仕事のじゃまにならないからいいだろう」と考えた親戚や知人が前日一本電話を寄越して翌日の約束を申し出るだけでパアです。今後は休みのたびに映画一本どころか近所の本屋に行くのがやっと、という感じでしょうか。わたしは昔から歩きながらものを考えたほうが頭が働くというクセがあり、そうして考えたものをなにかしら形にしていくことを楽しみとして生きてきました。もちろんこのブログもその一環です。ほとんど外へ出られなくなってしまえば、そうした楽しみを保つことも難しくなっていくかも知れません。
また、この数年第二の自室のように、上京の際には過ごしてきた姉の家の奥の部屋にはパソコンをはじめ、わたしの私物が少なからずあります。せめてそれを処分しにいく機会だけでも欲しいものです。おそらくは最後の上京となるでしょうが。いや、そんなわがままことより父には残りの人生を楽しく生きてほしい。少しでも長く、そしてただ生きるだけでなく、話し出したらとまらないほど大好きな野球や競馬をテレビを通じてだけでもいくらでも見られる、日常を取り戻してほしい。わたしら家族と普通に過ごせる最後の時間を少しでも長く取ることができる奇跡が起こってほしい。わたしの一番の望みは今それです。
このブログはまだ続けるつもりです。が、気力がなくなっていくかも知れません。理解していいただけると幸いです。
今、無性に部屋の掃除がしたくてたまりません。何か最後、というものを感じると人間そうなっていくのでしょうか。

AMD、ZENの概要とBristol Ridgeの発表とを発表。

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AMDの次世代と言えばZENコアを使ったCPU/APUというのがイメージですが、一方でBristol Ridgeという名も時折出てきていました。これは第7世代APUのコードネームとのことですが、その二つを中心とした発表が6月1日におこなわれた模様です。


AMD、次世代CPU「Zen」は8コア16スレッドのハイエンド

【速報】AMD、Kaveriより56%速い第7世代AシリーズAPUを正式発表
~GPUも最大1GHzに達成


AMDの新APU「Bristol Ridge」のパフォーマンスアップ手法


Bristol Ridgeは現行のノートPC向けAPUであるCarrizoのマイナーチェンジ版ということですが、TrinityにおけるRichlandやKaveriに対するGadavariよりはパワーアップしている印象です。とはいえZENが掲げられた以上、やはり影の薄い印象です。なによりノーパソ向けのようですし。やはり我々としてはデスクトップにも採用されることが確実視されるZEN採用CPU、Summit Ridgeこそ注目すべき存在でしょう。

"40%以上のIPC向上に加え、8コア16スレッド"この一言がZENの全てを物語っていると言って過言ではありません。比較対象がPiledriverを使ったVisheraなのかCarrizoのExcavatorなのかでだいぶ違いますが、まぁ前者としておきましょう。シングル性能がそれだけ上がってコア数はFXと同等、それでいてHT相当の技術によって16スレッド使用可となれば、どう計算してもFX比2倍以上の性能アップと考えられますが、多分その分クロックを落とすでしょうから実際にはもう少し控えめな性能になるかと。また、16スレッドというのはIntelでも一般ユーザーがあまり手を出さないハイエンドクラスのスレッド数というわけで、一般ソフトがそれだけのスレッドを使ってくれるかどうか・・・は大いに気になります。ベンチマークはともかく今我々が使いたい重いソフト~主にエンコーダーになるでしょうが~では当面どこまで性能を発揮できるかどうか疑問です、AMDのSMTは初めてなのでIntelのHTほど洗練されてない可能性もありますし、その場合余力を残してしまうことになるでしょうし。いずれは完全対応するでしょうが。
また、おそらく8コアモデルはCPU単体でしょう。APUのCPUコア数は以前と同じく4コア、多くて6コアというところでしょうか。IntelがCore i5のようなミドルクラスのCPUにはHTを有効にしていないように、AMDもAPUではしてこない可能性も否定できません。ただ、代わりにかつてのPhenomIIで使用できないようにしてあるコアをBIOSレベルから有効にできたように、裏技的復活を用意してくるかもしれません。PC組み立てを愛するユーザーならむしろそうしたやり方の方が面白がられて歓迎されるでしょうから、もしSMTが全CPU・APUで解放されないのなら自己責任のそういう裏技をぜひ用意してほしいです。
少々気になるのが、Intelが内蔵GPUコアを使ったOPEN CLの活用を進めようとしていること。APUはもちろんIntel以上にそれに対応するでしょうが、それを持っていないCPU単体モデルがある意味時代遅れになりかねません。そこを例によってベンチマークで叩かれないといいのですが。

まぁやっとどうどうとスペックを書ける段階にまでZENが来たことはいいことです。ただベンチが速いだけでなく、面白い製品が出てくれることを期待しましょう。ぜひ次々世代APUはFluidMotionやアップコンバートをさらに強化してくださいね、AMDさん。

ご報告2

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先日、我が父がガンの宣告を受けたことを報告しました。
MRIなどの検査によると、その腫瘍はかなり大きく、またその腫瘍近辺の内蔵が正常な状態でないことを示す数値が検査結果として出たことから、最悪末期ガン、余命数か月もありうるという話も医者から出ており、検査入院という名目で呼びながら即手術という事態になり、わたしはとても黙った状態では耐えられず、このブログを通じて泣き言をかかせていただきました。

その後なのですが、詳しい検査により、事態は改善しつつあります。

まず第一に、手術の際に採取した腫瘍の細胞から、明らかにガン細胞と呼べる組織が発見できなかったこと。
第二に、腫瘍には直接手を出すことができなかったためにパイプを取り付け、体内の分泌液の通り道を作ったところ、わずか数日で数値が劇的に改善し、ほとんど常人並の結果を出しつつあること。つまり、数値が悪いことや体調の問題に関して腫瘍は直接の原因ではなく、現状間接的原因にすぎなかったのです。

わたしが説明を受けた上では以上を理由に、「MRIの映り方などからガンであることは間違いないだろうが、腫瘍が大きいにも関わらず悪性であると断言することはできない」という後退した判定が下り、ガンの評価が一段階下がりました。末期かそれに近い状態から、治療可能レベルという生存率の高い段階という判断に変更になったのです。
それでも外科手術によって取り除くことは、ほぼ無理であり、放射線治療と抗がん剤を併用しての治療しか手がないことに変わりはありません。ですが、「家も近いことだし、連日来ることが苦にならないようなら通院治療も可能」と言われました。なんと、早ければ週明けにも父は退院できることになったのです。少なくとも残りわずかな余命を病院で寝たきりで過ごす、という最悪の事態は当面避けられることになりました。
担当医からの説明を受ける際に父を見舞いました。ついでに、店の帳簿などを持ち込み、目を通してもらったり税金の支払いの指示を受けたりと久々に仕事に触れたせいか「今日はいつもより気分がいいわ」ととご機嫌でした。正直一安心です。

今回の判断改善で一番救われたのは言うまでもなくわたし自身です。最悪の事態を耳にしてから食事がろくにのどを通らず、一日のうち二食は果物を牛乳で流し込むだけ、夕食こそそこそこの品目を口にしましたが量は食べることができず、それでいて全く空腹感がなくて胃液が逆流するような吐き気ばかり感じていたのです。この一週間で2.5kgほど体重が落ちました。しかし最悪からは脱却したことによって急に食欲が戻り、ようやくある程度普通に食べられるようになりました。少し胃が弱っていたのか下痢がちょっとひどくなりましたがそれでも体重の減りは前より緩やかになっています。
もちろんこれからは前のように気楽ではなく、苦しい日々も待っているでしょう。それでも、わたしも父もある程度は元の生活に戻れることに非常に安堵しています。これからのことはこれから苦労しましょう。今はただ、この安心感に浸っていたい気持ちでいっぱいです。

ただ、一つ問題が・・・。入院日数が意外と少なくなりそうだということで、父を大部屋から個室に移してもらいました。少しくつろいでほしかったからです。もちろんそれは父を大いに喜ばせましたが、それと比例するように只今我がままにふるまっているようです。まぁ少しくらいはいいのですが、個室になっても改善しない病院食に「こんなもの食えるか。口にするどころか食器をみただけで吐き気がしてくる。いらない。別のものが食べたい。」と母が見舞いに行く際にあれこれ食べ物に差し入れを要求してばかりいるそうです。担当医からは何を食べてもいいと許可はもらっているのですが、それでも入院中にウチから持っていったり外で買ってきた既製品ばかり食べているというのはちょっと・・・ねえ。確かに病院食は消化と栄養のことしか考えていない食事でまずく、わたし以上の食道楽でグルメマンガの解説役並の舌を持つ父には耐えられない食事でしょう。それでも、ちゃんと食べてくれないと体力が回復してくれないので、入院期間が伸びてしまう可能性も出てしまうのですが・・・。こういう悩みが出てくるだけでも贅沢、幸せというべきなんでしょうかねぇ。

17才少年は天才? それとも・・・

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ここ最近の悩み事が一安心と言える段階になり、なんとなく心に余裕が出てきました。本当は安心しちゃいけないんでしょうが、少なくともわたしの腹は今までの重みから解放されてスッキリしています。今日は久々に体重が減りませんでした。


ようやくこの話に取り掛かるとしましょうか。

衛星放送の不正視聴を可能に…17歳を逮捕

もうご存知かと思うこのニュース。あちこちで同じニュースが掲載されていますが、もうひとつ具体的な中身が見えてきません。多分インターネットから該当プログラムさえ入手できれば利用は可能ですので、真似されないように意図的にハッキリしないように書いているのでしょう。それでもそれらの情報をつなぎ合わせる限り、視聴録画手段はあくまでPC。それに搭載するデジタル放送用チューナーで、B-CASなしで有料放送まで視聴ないし録画できるプログラムを開発し、自分のサイトで公開、無料で公開、ダウンロードできるようにしたもの・・・ということのようです。寄付を募っていた、という話もあります。その少年のサイトはもちろんプログラムがどういうものか、見ていないので全くわかりませんが。

この件、もっとも気になるのが「「少年はネット上に公開された数百ページにわたるデジタル放送の仕組みが書かれた仕様書を読み込み、独自でプログラムを開発した」という点です。デジタル放送の仕様書がどれを挿しているのか分かりませんが、いろいろ合わせれば数百ページにはなるでしょう。膨大な量でちょっとしたことがやりたいから、程度のことで読む量とはとても思えませんが、それでも一人の人間で読むことは可能な量です。たかがその程度のことで有料放送という仕組みが理解され、それらのスクランブルを外すプログラムの開発が可能? 17才無職という立場を考えるに、プログラムだけならともかくその他技術面において専門家から学んだ知識を持ち合わせているとは思えません。B-CASってそんな簡単に解析されるシステムなんでしょうか? それとも多くのハッカーやクラッカーがなしえなかったことをやってのけた天才少年なんでしょうか。

簡単に集めた情報で見る限り、公開されたのは「プログラム」と言うよりファイルのようです。おそらく視聴録画のシステムは他のプログラムに依存し、CASだけを提供するファイルなんでしょう。覚えている方も多いと思いますが、B-CAS書き換えが大騒ぎになった当時、おそらくその解析を行った人間かそのグループによってsoftcasなるファイルも公開されています。今回の少年のプログラムと、おそらくは同じ機能を持つものです。これは確かそれなりのツールを使い、自分でファイルを構築しなければ動作しない形での提供でした。もっとも、ある程度知識のある人間なら構築はそれほど難しくなかったらしく、ある程度の人は手に入れていたでしょう。また、構築済の完成ファイルを公開したサイトがあった、という書き込みも読んだように記憶しています。少年が開発するまでもなく、すでに「プログラム」は存在していたのです。正直数百ページの資料を解析し、一から組み立てるよりそのファイルや構築前のファイル群をネット上で見つけ、少し手直しして公開するほうがはるかに手っ取り早いと思うのです。ウチのブログですが、最近こそなくなりましたが以前はやたらとコメント欄にこうしたsoftcas売ります、的なスパムが来たものです。基本的に書き込みが確認され次第即削除していましたが、基本部分の入手はその気になればいくらでも可能なんでしょう。今回の事件の少年のプログラムも、そうした基本部分をいじった半自作だったように思えてなりません。そもそもまだ認否を留保しているのに、公開したプログラムの作成に関して具体的な話をしているほうが変とも思いますし。

何かしら警察の意図も感じますが、追及はやめておきます。とばっちり食いたくないし、あまり踏み込まずにいるのが我々としては賢明な行為でしょう。くれぐれもファイル探しなどしないように。まして公開はもってのほかです。

MS、新型XBOX One SでUltra HD Blu-ray対応

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えー、まずは個人的簡単な報告から。父が退院しました。すでに書きました通りわがままを発症して病院食を受け付けず、そうでなくても病気なのに点滴および差し入れくらいしか栄養を摂取しないので入院前よりずいぶんとやせておりました。ただ、電話口などでわたしが「決して高くない割合だろうが、入院費に食費は含まれている。金をドブに捨ててもったいないと思わないか」「まずかろうと料理は食料からできるもの。つまり命をいただいていることに変わりはない。食べ物を粗末にするなと先人から教わらなかったか」「旨いものを口に入れて旨いと感じるには、それを受け付けられる消化器官と体力が必要だ。手術で弱った器官を回復させるには、その準備運動として味が薄く、消化のよい食事をある程度量食べられるようになって食べられる体を維持しておかないと、もう旨いものが二度と食えなくなるぞ」とこんこんと説いた結果、最後の数日は「お前に怒られるから」などと言うちょっと曲がった意味にとりながらも病院の食事を口にしていたようです。なお、今後の通院ですが、てっきり連日通院しては治療・検診を繰り返し、少し実試しては体の状態を観察して治療方法を詰めていくのかと思いきや、数日通ったあとの予定は最大3か月も間が空いていたりして、なんか思っていたものと違う予約の入り方をしています。。しかも放射線治療科や内科だけでなく、なぜか同じ病院内とはいえ、歯科の通院予約まで入っていて、当初言われていた状態と比べると病院側の対応に緊迫感が感じられないのですが・・・。大丈夫か? 逆の意味で心配になるんですが。それでもわたしの住んでいる市では大都市ほどの病院の数はなく、今の病院ほど設備のある病院はないようなので(あるだけかなりマシですが)、今のところ頼るしかない状況です。命に関わりがあることに変わりはないので、なんとかしてほしいと思います。なお、やせてはいますが父はやたら元気で、以前と変わらない様子で仕事をしています。現場に置くことでストレスを感じさせないのもいいかと。

まぁ父の話はこれくらい。今後、よほどのことがない限り父を出すのはやめておきます。


本題。おなじみゲーム見本市であるE3で、SCEIやMSが自社のゲーム機の新展開をそれぞれ発表しました。と、言ってももはやヌルゲーマーのレベルからすら脱落しているわたしにとっては猫に小判な話ではありますが。特にSCEIのVRシステムなど、面白そうではあっても使ってもしょうがないなぁ感でいっぱいです。一方、MSの新型XBOX OneであるXBOX One Sはなかなか興味を惹かれるものになっているようです。

40%小型化した「Xbox One S」。UHD BD/4K出力対応、8月発売で299ドルから

電源アダプタを内蔵型にかえ、かつサイズを小型化したことも特徴ですが、なんといっても4K出力に対応し、4KBDことUHD BDに対応したのが最大の特徴でしょう。他のサイトでによると、どうやらゲームの4K出力は考慮に入っていないようです。ゲームを4K出力するにはGPUの根本的強化が必要で、どうしても排熱量も多くなってしまいます。小型化との同時進行は無理と思われます。仕様の発表は現状ではないようですが、中身が大幅に変わったとは思われず、引き続きAMD製APUが使われているものと思われます。先日発表された現状APU最終形態、Bristol RidgでもAMDは設計を前世代のCarrizoから設計をほとんど変えず、細部の調整のみで省電力化≒熱量の軽減化できたと発表しました。おそらくそれと同様の技術を使い、XBOX向けAPUを省電力化することでSの小型化に成功したのでしょう。あるいはMSの協力によって実現した省電力機能を新APUのほうに反映したのかも知れません。
一方、UHD BDやネット配信動画の4Kには対応しています。SによってXBOXはよりAV機能を強化する方針を示しました。これはPS4の4K対応が噂されるなか、先手をとりたかったのかも知れません。が、AV機能目当てでこういったゲーム機を注目する層にはうれしいこと。日本ではパナソニックからしか発売されておらず、かつかなり高価なUHD BDプレイヤーをより安価に入手することができるのですから。PS3がBD市場をかきまわしたように、XBOX One SはUHD BD市場をかき回すかも知れません。
気になるのはUHD BDに必要な4Kはともかくもう一つ必須の出力機能であるHDRをどうやって実現したのか、ということです。専用チップを搭載した可能性も十分ありますが、最低299ドルというかなり思い切った価格ですから、利益を圧迫しそうな専用チップはMSからすればなるべくなら遠慮したいところ。やはりAPUの改良、というよりGPUの仕様を強化した新型に変えてきたと見るべきでしょう。それなら、ほぼ同様のAPUを採用しているPS4(発売前の仕様では若干PS4の方が上だったようですが)でも新型でUHD BD対応する可能性も出てきますね。発売当初と違い、SCEIはPS4のAV機能を強化しつつありますからそちらも期待できるかと。それに何よりPC向けAPUでも次世代ではHDRを実現し、UHD BDなどを高価なグラボなしで実現できる可能性が出てきたのが一番うれしいところです。まぁPC用ディスプレイでHDR対応というのは今のところ一般用にはないみたいですし、実際には4Kテレビ、それも最近の高級機との接続が必要ということになるでしょうからPCでUHD BDが使えてもあまり意味がないと考える人もいるでしょうが、「できる」機能を用意することによってディスプレイの対応が進む方向性を示してほしいですね。
最近PCをAV機器として使うのが当たり前で他に目が行かなかったわたしですが、そろそろゲーム機のAV利用に再注目するべき時が来たのかも知れません。まぁXBOX One Sが日本で出るかどうかはっきりしてません(ほぼ間違いなく出るとは思いますが、日本だけUHD BDが使えないという可能性も決してゼロではない)し、実物が出たら、ですけどね。


この記事書いている間に何度もgooブログにアクセスできなくなり、二度ほど記事を飛ばされた・・・。今日メンテあるとは聞いていたけど、こんな遅くまでやるとは聞いてないぞ。大丈夫か? gooがブログサービスやめる、とか言いだしませんように。

恒例、参議院選挙メディア関連各党公約

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参議院選挙が公示されました。今回は「初めて選挙権が18歳まで下げられた」ことをクローズアップされているようですが、それよりも大幅な選挙区の変更により、地方から当選する議員が大幅に減らされ、代わりに都心部での当選者が増える合区選挙になったことのほうがはるかに重要だと思ってます。つまり、国会議員は都心部から選ばれた人の割合が今まで以上に多くなり、事実上都心部の在住者でなければ選挙を通じて意思を示すことができなくなっていくわけです。地域差の拡大が政治レベルで加速する境界となるほうがずっと重要かと。18歳選挙権も「諸外国では当たり前だから」みたいな軽いノリで決まった印象しかないのですが、「若い人も投票できる」より「選挙権を与えられた年齢が拡大したことで、権力側がより若い世代に負担を拡大する政策、あるいはより若い人が負担を強いることを前提とした政策をより作りやすくなった」ことの方がはるかに大きいんじゃないかなぁ。ちゃんと選挙権があって、それを通じて意思表示ができるんだから、それによって負担が出てもしょうがないでしょ、ってなもんで。何やらせるか、までは分からないですよ、各党公約にももちろん書いてないですし。まぁどうなるかは選挙終わってしばらくたってみないと分かりませんが、若い人は覚悟しておいたほうがいいかと。また、投票に行く人は自分らよりも若い世代のこともちょっと頭の中に入れて投票先を決めてくださいませ。


さて、国政選挙と言えば選挙公約。多分日本中でもわたしくらいしか興味を持っていないだろう、各党公約のうちメディア・放送・コンテンツ関連を、今回も抜き出して並べてみたいと思います。争点はいろいろありますが、マスコミで取り上げられている問題ばかりでなく、自分の興味ある分野においてどの党がちゃんと考えているか、その中でも自分の考えに近いのはどこか、という視点から政党を選んでみるのも一つのやり方かと思います。せっかくインターネットで簡単に調べられるのですから、やらなきゃ損でしょ。
なお、抜き出しは各党のサイトからこの参議院選挙用に作られた選挙公約・マニフェスト・政策集の中から、メディア・放送・コンテンツ関連のものと思われるものを対象として行っています。政党は現状国会議員を輩出している党はもちろん、諸派扱いであってもある程度の候補者を擁していると思われる党を可能な限り抽出したつもりです。抜けがあった場合はご容赦ください。リンクは参議院向け政策集のあるページを優先しておきました。なお、党の背後関係などは無視して書いています。


自由民主党
デジタル時代にふさわしい著作権制度やライセンシング体制の整備や知財紛争処理システムの機能強化を図るとともに、インターネット上の知財侵害への対応強化など海賊版・模倣品対策を一層強化します。

「クール・ジャパン戦略」を推進し、日本のものづくり技術と世界に誇る日本のアニメを掛け合わせた他の追随を許さない真のJAPANオリジナルコンテンツの創造を図ります。具体的には、東京国際映画祭のグリーンカーペットをアジアのステイタスとすること、大規模展示会場や国際会議等のMICE施設の建設を促進すること、世界のコンテンツの中心として秋葉原を街ごとバージョンアップさせること等、観光資源としてだけでなく世界的イベントのホスト国となる機会を増やすための取組みを進めます。
さらに、人気のあるコンテンツを迅速に海外に売り込めるようにするために、権利処理一元窓口の整備(映像コンテンツ権利処理機構の機能強化等)、海外展開も含めた権利処理契約の促進等により、権利処理の円滑化を図ります。

世界に先駆けて次世代テレビの開発を進め、高画質(4K、8Kテレビ)でスマートテレビなどの双方向の送受信にも対応できる新たな受像機と放送システムを確立し、TVとインターネットの融合サービスにおける国際競争力を確保するとともに、これに対応した日本発のコンテンツ制作を推進します。また、クールジャパン戦略等の一環として、わが国の地域それぞれがもつ魅力を発信する放送コンテンツの海外展開を推進するとともに、日本の文化・食・製品の市場開拓やインバウンド観光の拡大にも貢献します。

自民党の公表している政策は他の党の政策集全部合わせたよりも多いほど膨大で、正直読むのがキツいです。その中で放送や映像関連を抜き出すと上の文が出てきました。放送規格・映像コンテンツとも海外への売り込み、海外からの観光客の誘致を前提としたものと位置付けています。


公明党
なし
自民党と同じく与党である公明党ですが、放送コンテンツ関連の記述は全くなし。まぁこの党は放送分野には興味がないらしく、デジタル放送移行の時も同じ文章をコピペして複数の選挙で公約として使いまわしていたところなので、何もなくても不思議ではないのですが。


民進党
通信・放送行政を総務省から切り離し、放送免許の付与・更新や番組規制などを行う規制監督部門を独立性の高い独立行政委員会として設置する通信・放送委員会(日本版FCC)に移し、国家権力を監視する役割を持つ放送局を国家権力が監督するという矛盾を解消するとともに、放送に対する国の恣意的な介入の排除を進めます。
放送と通信の融合の時代の進展に見合うよう、放送法の改正を検討します。
放送については、地域社会・文化の振興、ユーザーである市庁舎の利便向上、わが国経済の成長への寄与をめざし、スマートテレビ等の放送サービスの高度化、デジタル放送日本方式(ISDB-T)の海外普及の促進、コンテンツの海外展開の強化等の施策を推進します。また、インターネットを介した放送番組の流通など、コンテンツの2次利用の促進を図ります。
電波オークション(電波利用権限の入札による取得)の導入などを通じて、国民の財産である電波の公平・構成な利活用を計ります。また、電波利用料の引き下げを検討し、多様な通信サービスの開花を促します。

工芸・芸能・マット利などの伝統文化の保護と後継者養成、映画や音楽、アニメ、漫画等の振興助成を推進します。
海外への売り込みもありますが、まず国内の改革をという主張となっており、自民党とは異なる物となっています。映画やアニメの振興が伝統文化の保護と同列の扱いになっているのは良いのか悪いのか。


日本共産党
安倍政権による放送への権力的介入を許さず、政府から独立した規制機関の確立をもとめます
(中略)  
日本共産党は、憲法21条と放送法にもとづき、放送番組への権力の介入を許さず、表現の自由を守っていきます。

日本共産党は放送番組を編集・作成する事業者の認定制度などを導入する放送法の改悪等に反対してきました。
 また、言論・表現の自由にかかわる放送行政の規制は、政府から独立した規制機関が行うのが世界の常識です。総務大臣の監督ではなく、新たに「放送委員会」(独立行政委員会)を設置し、放送行政を規律するように制度改正をもとめます。

公共放送としての役割をもとめる

 安倍政権が放送内容への権力的介入をつよめるもとで、憲法21条と放送法の原則を確固として堅持する放送事業者の姿勢が問われています。

 しかし、籾井勝人NHK会長は、就任以来、放送法の趣旨を理解しない発言を繰り返し、NHKには、かつてない国民の批判が寄せられています。さらに、NHKと子会社では相次いで不祥事が繰り返され、真相の解明と情報の公開に基づく対策に対する国民の不信が広がっていることも重大です。国民の受信料によって支えられる公共放送として役割を果たすよう、NHKに改善を求めていきます。
共産党は書かれた政策は多いんですが、前置きが長くて引用しにくいので一部省略しました。放送の監督を総務省から独立行政委員会に移行するという考えは民進党と全く同じですね。なお、日本放送協会に関する記述がある党はここだけでした。


社会民主党
アニメや漫画などのクリエーター、プログラマー、デザイナーの賃金・労働条件の実態把握と雇用環境の改善に取り組み、離職者の再就職を支援します。

言論や報道の自由を侵害するメディア規制の動きに反対します。
かなり簡潔な内容しかありません。が、社民党の政策は明らかに税・経済関連に力を注いだものとなっており、他は二の次なのでしょう。無視されずに書いてあるだけマシとも言えます。


生活の党と山本太郎となかまたち
なし
冒頭あいさつにに"本来、政権チェックが役割のメディアを萎縮させる発言等々・・・」と言った言葉はあるものの、政策集本文中には見当たりませんでした。矛盾を感じます。


おおさか維新の会
周波数オークション導入のため電波法を改正する。
電波利用料の引き下げで、電力のスマートメーター、遠隔医療はじめ経とうな通信サービスの開花を促す。
周波数オークションとは、民進党の掲げる電波オークションと同じものとみていいでしょう。また電波利用料の引き下げも行うと言う点も同じです。電波利用料の引き下げ分をおクショオークション収入で補う、という発想は表裏一体のようですね。


新党改革
日本には閉塞感が渦巻いていますが、世界に向けて発信している文化・産業には活気が満ち溢れています。その代表といえるのが、アニメ・ドラマ・音楽・映画・ファッションです。1990 年代後半から海外進出が急拡大しました。これら日本の文化を海外にもっと効果的かつ積極的に発信し、クールジャパンとして競争優位性を高めることで、ビジネスとしての文化戦略を実行していきます。
簡潔になってはいますが、自民党の考えとほぼ同じ、あれらコンテンツは海外に売り込むべきと言う主張になっています。なお、新党改革代表の荒井広幸氏はあのエコポイントを考え、実行させたことが自慢らしく、サイト内でも政策集本文中でもたびたび誇っていました。


日本のこころを大切にする党
なし
見つかりませんでした。立候補者の中にはこちらの分野の専門家もいるようですが、党として公約を掲げるほどの関心はないようです。


幸福実現党
電波オークションの導入
競争入札方式で落札した事業者に周波数を与える電波オークションの導入により、電波利用の開放と効率性の向上を推進します。

民進党・おおさか維新の会同様の電波オークションが挙げられていますが、利用料に関しては触れられていませんでした。


国民怒りの声
自由な言論空間を回復する
私たち人間は、皆、本来的に各自個性的な存在である。
だが、共同生活を進めて行くために、意見を集約してひとつの方針にまとめて行かなければならない。だからこそ、異論をぶつけ合える自由な言論空間なしに民主政治は成り立たない。
ところが、最近のわが国では異論を許さない空気が支配してしまっている。自由な言論空間を回復する方法はただひとつ、政府はメディアに対する直接・間接の介入を止める。それで十分である。
具体的な提案はありませんが、民進党・共産党の上げる独立委員会に放送監督権を移す、に近いものと考えておきます。
全くの余談ですが、当初同党からは俳優の宝田明氏か出馬を予定していました。宝田明氏は映画「ゴジラ」に出演したことを前面に押し出して選挙戦を行うようでしたが、直前になって取りやめになりました。「ゴジラ」を政治的メッセージに使うことなく済んで、個人的には本当に良かったと思っています。


とりあえず上げてみました。大雑把に見て
・放送規格・映像コンテンツは海外に売り出す(自民党・新党改革)
・放送の監督権を総務大臣から切り離す(民進党・共産党・国民怒りの声)
・電波オークションを導入する(民進党・大阪維新の会・幸福実現党)
この3つが主な項目として挙げられます。
海外展開は、見方を変えれば国内軽視とも取れ、国内の現状の流れを変える必要なしと考えている感があります。海外に売れるものは積極的に振興するが、国内需要しか満たさないものは排除する、ということにならなければいいのですが。

総務省の監督権云々の問題は、少し前の高市総務大臣の発言を踏まえたものでしょう。省略しましたが共産党の政策にははっきりとそれが書かれています。あの発言は主に総務大臣視点から見た政治的公平性を要求し、警告する、改善しなければ電波停止措置を取ることもありうる、その判断は一番組だけでも行えるという趣旨の発言だったと思いますが、総務大臣でもそれは簡単ではないのですね。放送法百七十四条には総務大臣による業務の停止命令ができる、とある項目ですがその中に"特定地上基幹放送事業者を除く"とはっきり書かれています。この特定地上基幹放送事業者は、第二条二十二項によると"自己の地上基幹放送の業務に用いる放送局の免許を受けた者"とあります。ようするに地上波のテレビとラジオは放送法に違反したところで総務大臣から業務停止命令を受けない特権を持っている、ということなんです。一応同様の存在として電波法第七十六条に「総務大臣は、免許人等がこの法律、放送法 若しくはこれらの法律に基づく命令又はこれらに基づく処分に違反したときは、三箇月以内の期間を定めて無線局の運用の停止を命じ、又は期間を定めて運用許容時間、周波数若しくは空中線電力を制限することができる。」とあったりします。なぜか放送法の違反を総務大臣に限り電波法でさばけるとあるんです。まぁ放送法は放送の業務の停止、電波法は電波の制限や無線局の運用の停止とありますから厳密に言えば処分方法は違うわけですし、制限できるだけで電波を停止させることができると言うわけでもありませんが、法をまたいで罰則を施行できる権限を大臣に限って持っているあたり、なんか納得いかないものを感じます。放送局も第四条の解釈だとか言ってないで、ここら辺の矛盾やおかしさの方を追及すればいいんですよ、地上波は放送法で特別扱いされてるんだって報道で訴えればいい。

話それましたね。電波オークションは諸外国では割と普通に行われている制度だそうです。が、個人的には必ずしも賛成はしていません。オークションで完全オープンになれば一部の人間しか活用できない電波が多くの周波数を占めることになりかねませんからね。諸外国がどうしているのか知りませんが、日本の場合たとえ導入してもオークション参加の基準が厳しくなる制度になるでしょう。実質現行の総務省審査方式と変わらない、ある程度絞ったうえで最後の判断だけお金にゆだねる、ということになるんじゃないかと思います。

かなり好き勝手なことも書いちゃいましたが、大切な一票、ぜひ行ってください。その判断基準の片隅にでも、放送規格・映像コンテンツのことを置いてみてくださいね。

PowerDVD16Ultra、使ってみた

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使っているソフトを起動するたびに立ち上がる広告というのは鬱陶しい存在でありますが、使っているソフトの新バージョン、となると話はちょっと別、と考えてしまうわたしです。こういう人間がいるから広告入りソフトが後を絶たないんだろうなぁと憂うのは置いとくとして、未だに2世代前の14を使っていていい加減新バージョンを買おうと思っていたPowerDVDの16が60%オフ、なんて広告出されたのでとついついチェックしたくなってしまいました。さらにただ、60%オフと言っても抱き合わせなんですよ。PhotoDirectorとMediaEspressoのセット販売で、全部買うより60%オフ、というもの。もちろんちょっと小さい字で"セット"って書いてあるんですけど。
ただ、それでも普通に買うより少し安いですし、せっかくなので買ってしまいました。

さて久々にバージョンアップさせたPowerDVD、液晶テレビにつなげてあるA10-7800搭載PCにインストールして使ってみます。正直DVDやBDを再生させるだけなら14でそれほど不満を感じてなかったので、一番の期待は”TVモード"という新UIモードでした。TVモードとはPCをテレビにつなげて使うことを前提とした簡易モードで、大きな字とアイコンを使ったUIを採用し、調整も簡略化したものになっていますが、PCのディスプレイと比べると離れて利用するテレビならこれで十分、という配慮でしょうか。ただ、PS3やWindowsMediaCenterと言った同様のUIのソフトを動画再生用として使ってきた身からすると、この手のUIは手にもって直観的に操作できるリモコンがあって初めて便利なんです。PCのマウスやトラックボールで操作する分には、PCモードでも最近の大型液晶テレビに接続して使う分には十分な気がします。液晶は画質的に画面内のコンテンツに視聴者を引きこむような印象を与えず、むしろ壁を作って距離を取りたくなるような気にさせるものですからどうしてもテレビと利用者の距離は物理的に遠くなり、PCモードでは字が細かすぎるということは往々にしてありますが、しょっちゅう使う設定はだいたい決まっていますから毎回細かい字を読む必要はないですしね。もちろんPowerDVD開発元のCyberlinkもそんなことは分かっているでしょうから、別途スマートフォン・タブレットをリモコンの代用品にして利用できる専用ソフトを用意してはあります。が、このリモコンソフト、スマートフォン画面を見ながらでないととても操作できないんで、利用環境としては物理リモコンに遠く及びません。もうはるか昔の話ですが7のころは専用物理リモコンを発売してましたよねぇ確か。お金出してでもああいうのがあれば、と思います。

とUIの方はそれほど意味を感じませんでした。しかし、それでも16にして良かった、と思える機能アップはありました。それはビデオエンハンスメントです。PowerDVDは古いバージョンから主にDVDに関して高い解像度に補正して再生する機能をウリにしてきましたが、16ではこれを動画再生に利用できます(15でできたかは不明だが14では不可)。試しに1920x1080x24fpsという我々が普通に利用する解像度の動画を再生し、ビデオエンハンスメントを有効にし、かつ強さを75%程度(TVモードの場合25%刻み)に引き上げたところ、グッと画質が締まり、細かい部分が際立って見えるようになりました。1440x1080x60fpsというわたしがよく使うモードに対しても有効です。ちょっと細部にノイズが浮くのが気になりますが、これを画面分割する比較モードで視聴すると、元のモードは本当に同じ解像度なのかと思うほどボケて見えてしまいます。コントラストがかなり強くなるために色味が少し異なって見えてしまうのが難点ですが、これを目当てにPowerDVD16を買ってよかったと思ったほどです。ただ、SDなど古い映像に関しては協調することによって細部のノイズが際立つほうが気になるため、25%以下の弱めに方が個人的には好みの画になりました。もちろんこうした補正はCPUを使うのですが再生そのものはGPUの再生機能を使えるため、CPU負担は予想外に少なく済みます。CPUファンの回転数を上げないことによってノイズを減らす、という点からも優れた方式です。
実は音声にもそのエンハンスメントが存在し、説明によると「音声を増幅し、低温と会話を拡大し、サラウンド サウンドを実現します。」とのこと。もちろん14にはなかった機能です。サラウンド効果を与えるのでちょっとエコーがかかったような音になりますが、それなりのスピーカーを使えば「会話を拡大」の効果は絶大。今回テストに使った映像ファイルは何回も見たものであるにも関わらず、今まで聞こえなかった(正確には聞き洩らす程度にしか聞き取れなかった)モブキャラのどうでもいいような会話がはっきり聞こえ、「ああ、多分アドリブなんだろうけどこんなことしゃべってたんだ」と感心させられたほどです。もちろんオリジナル音声を弄ることに抵抗がある人はこの機能をカットすることも可能です。

これらの機能がAMD独自の機能であるFluidMotionVideoと同居できれば素晴らしいのですが、残念ながら動画ファイルにはFluidMotionVIDEOは16でも使えません。ヘルプによると、たとえBDであってもビデオエンハンスメントとFluidMotionVIDEOの同時使用はできないとのことです。それどころか、ちゃんと機能のチェックを入れることができるにも関わらず、液晶テレビに接続したA10-7800機ではPowerDVD16ではFluidMotionVideoを機能させることができませんでした。ちなみに同じPCに入っている14ではちゃんと機能しましたので、設定は間違っていないと思うのですが。また、液晶テレビから液晶モニターに映像出力先を変えた場合、今度はFluidMotionVideoが有効になっています。基本的にPowerDVDはBDソフトを再生する際に周波数をソフトに合わせる、たいていの場合24Hzにすることを前提にしている感じですので、16では周波数の変更できる液晶テレビではFluidMotionVideoは働かず、60Hz固定のディスプレイにおいてのみ有効にしているのかも知れません、もちろん24Hz固定を拒否して使っているのですが。14の時と比べるとFluidMotionVideo機能は少し後退している感じです。ストップモーションアニメの特撮映画のようなFluidMotionVideo機能と相性抜群の映像を楽しみたい身としては非常に残念です。もう少し使い詰めて、なんとかテレビでもFluidMotionVideoを使えるようにしたいものです。もちろんわたしの環境ではたまたまこうなっただけで本来は問題はない、という可能性も大いにありますが。

PowerDVD16はPCをメディアプレイヤーとして使ってテレビにため込んだ動画ファイルを映したい、という人には十分お勧めできるものです。普通のメディアプレイヤーや無料の再生ソフトはいくらでもありますが、さすがに有料ソフトだけあって細かい部分でレベルが違う再生を行ってくれます。ただ、映像ソフトごとにある程度調整を行わないとクドくなり過ぎたりすることもありますので、そういう意味で面倒ではありますが。APUの場合内蔵のRADEONの再生機能だけでも高機能ですので音声を除けばあえて市販ソフトを買う必要はないかも知れません、それだけのために買うには値段も少し張りますし。ただ、個人的にはやはりPCでのBD再生環境、それもなるべく良いものを持っておきたいという願望がありますので16の購入は"アリ"でした。

モバキャス、"NOTTV"、本日をもって終了

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アナログ放送時にはメインの電波として使われ、デジタル放送は移行期間があるためにUHF波が使われることになってしまったためにアナログ放送後は宙ぶらりんになってしまった電波。それがVHF波です。ややこしいのはVHF波は基本的にテレビ向きであり、テレビに使わなくなった途端使い道がなくなってしまったため、揉めたあげくNTTに預けることになり、主に携帯電話で放送を受信する"NOTTV"という名のチャンネルとともに「モバキャス」というサービスを立ち上げました。当初は(契約者に半ば抱き合わせで契約させる形が多かったようですが)それなりに順調に契約を増やしていったようですが、スマートフォン台頭とともに専用チューナーを必要とするモバキャスは伸び悩んだと思われます。さらにいつでも最初から見られる配信系動画の前に完全に沈黙、ついに本日6月30日をもってサービスを終了することになりました。モバキャスサイトも全てのコンテンツがなくなっており、本日が最終日というより本日は終了日だったようです。同じVHF波のうちV-LOWを使うV-Lowマルチメディア放送もサービスを開始していますが、どこまで持つか・・・という気がしてなりません。なお、モバキャスのVHF波は国に変換される、という話です。

また利用目的を探して四苦八苦・・・となるのでしょうが、こういう安定した使い道がなかなか見つからない波こそ、それこそ電波オークションにかけてもいい気がしますが、総務省としてはいざ使い道が見つかった時にいつでも取り戻せるよう、オークション販売だけはしたくないんでしょうね。はたして一時は誰しもが使ったVHF波が再び脚光を浴びる日は来るのでしょうか。やっぱり最終的にはUHD放送とかに使いたいのかなぁ。

「ウルトラマンになりたかった男」CSで放送

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世間的にはこの記事を書いているは参議院選挙であり、わたしももちろん投票はしてきましたが、実のところ投票さえ終わってしまえばどうせ我々一般人は蚊帳の外。もはや離れたところから眺めてグチを言うくらいしかできることはありません。

と、いうわけですでにわたしは頭を切り替えて。2016年7月10日はあの”ウルトラマン"放送50周年。第一話が放送されてからちょうど50年の日なのであります。東京あたりの在住者なら開催されているイベントにも参加できるのでしょうが、地方ではせいぜいテレビで楽しむのが関の山、と言っても地上波は選挙一色でそっちには興味持ってくれなくて、もっぱら衛星放送なんですが。ただし、CSを含めれば衛星放送だけで見切れないほどの特別番組や放送がなされており、ゴジラやガメラの映画の放送と合わせるとそっちの消化だけで当分DVDも買う必要なしの状況です。
その中でも楽しみにしていたのがTBSチャンネル1で放送される"ウルトラマンメイキング風ドラマ"の二本。ただし、何が起こったのかそのうちの一本「ウルトラマンをつくった男たち 星の林に月の舟」は直前になって別の番組に差し替えになってしまいましたので大変ガッカリ。ただ、もう一本「ウルトラマンになりたかった男」は無事放送されました。前者が実装時昭雄監督の書いた本を元に作られたドキュメンタリー風ドラマなのに対してこっちはドラマスペシャル枠で作られた完全なフィクションです。実はわたし、このドラマの実放送の時録画してあって、そのビデオテープをのちにPCにキャプチャーしてDivXに圧縮したものを保存してあるのです。多分あれから特別な場合をのぞき、衛星放送でも全く放送されていなかったはず。放送されたのはなんと1993年。26年もたってようやく当時より画質のよい映像を入手することができました。もっとも撮影はSDのビデオ撮りされたものですしリマスターでもないようなので画質はそれなりではありますが、ヘタに超解像処理されるよりはいいです。

話は新作ウルトラマン映画を従来通りのぬいぐるみ特撮で撮影するベテランの特撮スタッフと、CGを使った新しい技術で撮影しようとする新鋭特撮監督や若いスタッフの対立を中心にドラマとして描いたものです。ドラマの中では頻繁に特撮の撮影シーンが再現され、その様子は実際の映像作品と比べてなんら遜色ありません。現場の興奮が伝わってくるようです。ですが肝心のCG怪獣が映像面もドラマ面もイマイチ。ウルトラマンよりも5倍も10倍も大きな怪獣、ゴッドキングを表現するにCGを使うというのはいいのですが、それとぬいぐるみのウルトラマンを違和感なく戦わせる方法が分からず、結局ベテランスタッフのアイディアと力に頼る・・・というものになっているのですが、超巨大怪獣の手だけ作ってそれとウルトラマンを戦わせる、という方法は誰でも思いつきそうですし、CGをそのもっとも優れた活用法である合成に使わず、霧のスクリーンに怪獣を映し出すなどどうにも納得がいきません。ラストに半分オマケのように撮影されたゴッドキングとウルトラマンの戦いを描いた再現シーンがあるのですが怪獣は首だけ伸びてきたり本体は動かず腕も見えているのに横から巨大な腕が飛び出してきたりとどうみても具合のよろしくない出来(スタッフ・ロールの絵コンテ担当にシン・ゴジラの樋口真嗣監督の名があるのですが・・・)。実際の映像を見る限りCGは限られた効果にしか使われていない感があり、本編で語られた撮影方法、特に霧のスクリーンを使ったスクリーンプロセス法は実際には使うのが難しく、別の形で撮影したものをそれっぽく撮ったように再現する方法が取られたのでしょうか。
本作が放送された1993年と言えば、あの「ジュラシック・パーク」でCG特撮の威力が示された年です。日本特撮は1980年代に吹き荒れた"SFX"というアメリカ式特撮の波はしのぎ切りました。もっとも日本ではSFXという文字だけが独り歩きし、実態を誰も理解していなかったというものもありましたが。そして90年代になってやってきた"CG"という第二の波。本作はそれに贖いきれないが、それでも特撮は特撮なんだ、という意地が前面に押し出された内容となっています。脚本を書かれたのは「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」でも実装時昭雄監督作品などで参加したベテランの佐々木守氏。昔ながらの特撮を知るものとしての立場から書かれたのでしょうが、残念ながらCG、というよりVFXをあまり理解せずに書いた形跡が見られます。かの「ジュラシック・パーク」にしたところでCGは一部に効果的に使われたのみで、大半はアニマトロニクスを使って撮影されており、CGに頼らない多彩な表現によって撮影された恐竜をカメラワークと編集技術を駆使して違和感なくつないだところに本当の良さがあるのですが。
本作はむしろその後の20年を予言した感があります。現在も作られているウルトラマシリーズ。特に劇場版ではゴッドキングのようなウルトラマンの何倍もある怪獣が毎回のように登場し、それらはCGを使って表現されています。それと戦うウルトラマンも、カットによってはフルCGで描かれており、本作では否定していた表現が当たり前のように使われています。日本の特撮も第二の波であるCGには逆らえなかった。それでも、「怪獣ったって生き物だよ。心臓がなきゃダメだ、全身が脈打ってなきゃダメなんだ」という本作を象徴するセリフにもあるような抵抗を見せ続ける日本特撮のターニングポイントとなったドラマかも知れません。この時期の円谷プロは映像作品はあまり作っていませんでした。「ウルトラマンティガ」で本格的にテレビに特撮作品を復活させるのは、この3年後の1996年のことなのです。
なお、本作のCG作成用として本編で使われているPCは富士通のFM TOWNSII。確か「ハイパーメディアパソコン」とか言うキャッチが付いていたように覚えていますが、作成用としても使える、ということを押し出したかったのでしょうか。いろんな意味で時代を感じます。

ゴジラ全映画DVDコレクターズBOX創刊

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4Kリマスター版~と、言ってもそれを2Kの、それも1440x1080にダウンコンバートしたもの~の「キングコング対ゴジラ」が日本映画専門チャンネルで放送されていたので録画視聴しました。今までの「キングコング対ゴジラ」はすべて別のポジやネガを継ぎ接ぎした復元版ばかりだったので、途中でどの場面で画面の色が変わったりブレたりするか体がある程度覚えていたので、そこで色味が変わらないことに、普通は感動するのでしょうがわたしの場合はかえって困惑。むしろ集中して見ればわずかながらブレが感じられる箇所を見つけた時の方がかえって安心できたりしてます。映像よりもリスペアされた音が良かったなぁ。ウチのPCのしょぼいスピーカーでもさらに外から聞こえてくるような音の色狩り、過去のバージョンに感じたBGMとセリフや効果音の剥離がほとんど感じられず、やっと一つの同じ映画を構成する音の仲間、として感じ取れたのが今回最大の好感触でした。
それにしても、これだけのリマスターが可能なマスターが存在するのなら、なんでBDでは米国版のネガやDVDからのアップコンバートで補填した版を発売したのでしょうか。一説によるとBD化しようとしたらまた以前同様、"チャンピオン祭り"用短縮版を作るときに切ってしまったオリジナルネガを紛失したのでやむを得ず・・・ということなのですが、ちゃんと存在したことは今回の4K化で証明されました。ゴジラのBD化は一度中断され、2年前のアメリカ版に合わせる形でやっとシリーズ化が再開されたのですが、結局「キングコング対ゴジラ」はそうした不完全なものしか発売されなかったわけです。4K化できるネガがあるのなら、その不完全版を買った購入者は損した、と言っても言い過ぎではないでしょう。「もうオリジナルネガは今度こそなくなった」と思ったからこそ半分あきらめて買ったわけで・・・。もう元データに困る必要はない、と喜びたいところですが、裏切られた気分半分で素直に喜べません。もちろん状態の違うネガを自然な色にすべく補正を行ったり、一部完全紛失したり修正が難しかったコマをデジタル技術で再生させたりとものすごい苦労をしたのは分かりますが、どうもその作業をやっていたためにBD版にネガを回せず、間に合わせ版を販売することになったのではないか、と疑いたくなります。たった2年なんですから、待たせても良かったと思うのですが。


特に書くネタもないため、しばらく何か書いたら特撮ネタになります。まぁわたしの趣味ですから勘弁してください。
ウルトラマン50周年、ゴジラ新作発表と集中的に来たせいか、関連図書の販売がかなり多数にわたっています。過去の焼き直しも少なからず存在するようですが、やはり可能な限りねを通しておきたいもの。ですが、最近近所の本屋がほとんど閉店してしまっていて、購入が難しくなってしまいました。仕方なくAmazonで頼んでいるのですが、なんとなく寂しいんですよ。自分の目で見て、空気を感じ取って本を選びたい。たとえ結局みんな買うにしても、ですけどね。
というわけで通販で買ったうち、雑誌形式のこの2冊だけちょっと紹介

ゴジラ全映画DVDコレクターズBOX(1) 2016年 7/26 号講談社講談社

と、一発目から書籍とは言い難いものなんですが・・・。最近よくあるDVDマガジンもので、隔週刊でゴジラ関連の映画映像のDVDがつくというもの。と、言うと数年前まで刊行されていた東宝特撮DVDコレクションが思いだされます。実際ゴジラ映画および怪獣映画だけ見ればほとんど映像はダブります。わたし、そっちを含めればゴジラ映画のDVDは2セット持っていますので中身がそれだけならもう買う必要は全くないのですが、映像特典として毎号「ゴジラアイランド」という昔テレビで放送されていた5分番組が5話収録されているのです。「帰ってきたウルトラマン」の郷秀樹役でおなじみ団時朗が主演で、怪獣シーンのほとんどが玩具(一部映画からの引用シーンあり)で展開するという、まぁある意味どうでもいい番組なんですが、これがオマケでついているというだけで買いたくなってしまったわけです。過去に「ゴジラアイランド」がDVD化されたときは気が付かずに買い忘れましたし、まぁいい機会かな、と。マガジンの内容は、ディアゴスティーニのものと違い、内容の解説などはなく、過去の子供向け雑誌に収録されていた絵物語や、ポスターのような宣材と言ったものを復刻して収録した付録がDVDそのものと並ぶ内容の柱となる模様。これがいつまで続くかわかりませんが、全51巻、それなりに注目し続けたいものです。ディアゴスティーニ版になかった映像としては"東宝チャンピオン祭り"用にカットされた短縮版や、テレビシリーズ「流星人間ゾーン」のうちゴジラやキングギドラが登場する回も収録されるなどなかなか気の利いたものも。ただ、予告の一覧表の43号「GODZILLA2000」だけはいろいろ謎です。登場怪獣を見ると「ゴジラ2000ミレニアム」と同じなのですがこれは31号に収録されますし。ひょっとして海外版? 興味は尽きませんが、登場は2年近く後の話。それまではやきもきさせられそうです。
肝心の中のDVDの映像でしたが、今回は「ゴジラ」第一作。中身はリマスター以前のもので、しかもDVDは片面一層。それに加えてゴジラアイランド分の容量を確保しなければなりませんので画質はそれなり以下。まぁしょうがないと言えばしょうがないのですが。また、ゴジラアイランドも解像度がやたら低く、「見られるからいい」を超えるものではありません。収録されていた翌号「キングコング対ゴジラ」の特報もおそらくはLDからのコピーで、画質はお世辞にもよくありません。そっち専門ではなく総合出版社の講談社ですし、あまり画質にこだわったシリーズにはなりそうにないです。ただ、"キングコング対ゴジラの予告編"ではなく"特報"が収録されているあたり、画質以外の面でのマニアックなこだわりには期待が持てそうです。


東京人 2016年 08 月号 [雑誌]都市出版都市出版

発売されてだいぶたちますが、東京人の8月号が特撮特集だったので取り寄せました。最近本屋めぐりもあまりできないので気が付かないのですわ。
特撮と言えば都市破壊、破壊される都市と言えば東京、という組み合わせはほとんど決まり事となっています。特にテレビ特撮は地方ロケを繰り返すスケジュールも予算もそうそう組めませんので、大半を東京近郊で撮影し、東京を舞台とするものに自然となりますからね。そういう関係もあった本誌で紹介されているものの多くはウルトラシリーズなんですが、一部ゴジラ関係もあります。残念なのは「シン・ゴジラ」のインタビュー記事で「スカイツリーは登場しません」と樋口監督に宣言されたこと。今回はゴジラも巨大化しますし、ちょっと期待しただけに残念。
もう一つゴジラ関連として切通理作氏による「『ゴジラ』から始まった。」という評論文が掲載されています。その一文を引用します

"読者の皆さんの中に、昭和二十九年の『ゴジラ』を見た人がもしいたら、あの映画で最後のセリフを言ったのは誰だったか、思いだしてみてほしい。「『七人の侍』『生きる』にも出た名優志村喬演じる博士のセリフでは?」と答える人も多いだろう。
 正解は、海上保安庁巡視船「こうず」乗組員による「敬礼!」という掛け声である。"

この文、言った人はあってますが、セリフは間違っています。正解は「敬礼!」のあとに発せられる「直れ!」です。多少譲っても「敬礼!直れ!」の一組を持って一つのセリフとすべきでしょう。切通理作氏と言えばゴジラ関係の著書もある人物。それだけの人でも勘違いする、あるいは忘れるほどあの「直れ」は印象ないのでしょうか? 仮にも「ゴジラ」第一作を語る以上、あの「直れ」に含む意味や演出意図くらい考えて当然、とわたしは思っていたのですが、それこそわたしの思い込みだったのでしょうか?

他にももろもろありますので特撮書籍コレクターとしては可能な限り抑えておきたいものですが、どうしても通販と店舗だとテンションが違ってきちゃいます。チェーン店でもいいのでもっと地方都市の旧市街地でも書店が増えてくれないでしょうか? まぁ母方の実家の書店も経営苦しくていつ閉店してもおかしくないらしいですし、もう店主の感性でそろえられた本を目当てに客が少し遠くからでも足を運ぶ時代でもないのでしょうが、なんだかんだ言って電子書籍、なんてのもそこまでうまく行っている感はないですし、店舗が息を吹き返す余地は十分あると思うのですが。

Pokémon GOは今だからこそできるサービス

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2~3日前から右を見ても左を見てもPokemonGO一色であります。歩きスマホにならないよう、政府が通知を出したとか、原子力規制委員会が熱中したプレイヤーが敷地内に入らないよう、施設の警戒強化を求める文書を送ったとか、登場前の時点でこれなんのジョーク集!? と言いたくなるようなバカ騒ぎ状態であります。実際どの程度の人がダウンロードして始めたのかは知りませんが、あれだけ騒がれていては宣伝効果を生まないわけがなく、相当数のダウンロードが行われたと思われます。そういえば商標使いたくないのか、マスコミはそろえたように「ポケモンGO」とカタカナ混じりで表記してますが、公式には「Pokémon GO「」のようです。どっちにしても「ポケットモンスター」というオリジナルのゲーム名を使わず、海外仕様に合わせる名を使うのは寂しく感じます。

わたしは子供とかいないのですが、一部では「子供にスマホ強請られる理由になる」と戦々恐々している人も多いかも知れませんね。今は小学生は(タテマエ上)プレイさせてもらえないようですし、最後には子供以上に大人がやるゲームになりそうな予感はしますが、本来のターゲットは子供でしょうし。わたしの友人に「小学生のうちは電話はまだいらないだろう」と代わりにAndroidのタブレットを持たせている人がいます。その機種はWiFi専用機で電話機能がないうえにSIMを内蔵することもできないため、基本的に家でしか使えないだろうと考えたからです。仮に自分ひとりで使い方を調べ、他のWiFiにつなげる方法をマスターしていたとしても、そう簡単に他人に自分の家のWiFiのパスワードを教える家などないでしょうから、実質家でしか使えないと同じですからね。ですが、Pokémon GOはGPS機能を必須とするため、低性能のタブレットでは家ですら使えません。噂を調べるたび、外で使いたくなるでしょうし、結局のところ、子供が興味を覚えたらスマートフォンを買ってやるしかない、そんな家庭も多いかも知れないですね。子供社会の実情は知らないのですが、もう小学生のうちからスマートフォン当たり前になりそうです。
ですが、今なら必要以上にお金のかかるキャリア契約をする必要はないですね。ゲーム用なら格安SIMことMVNOで十分です。通話なしの通信専用契約なら料金も抑えられるうえ、長電話なども(いまどきの子がやるかどうか知らないのですが)控えさせられます。何なら200Kbpsなどしかでない制限モードの使える契約で一番安いものでも十分じゃないでしょうか。たいていのゲームは200Kbpsでも大きな問題はでないはずですし、逆にその速度で支障が出るような使い方の抑制にもなります。大手キャリアではなかなかそういう使い方はさせてくれません。
わたしの弟は、MVNOという概念が出始めたころから格安SIMサービスに手を出していました。そのころはWiMAXが完全無制限で存在していたのでわたしはこちらを薦めたのですが、WiMAXは建物の中や地方の出先でつながり難いことがあるため、速度や容量の制限はあってもドコモ回線の使えるMVNOの方がいいんだとか。そんな弟ですが、割と最近まではそのMVNOからドコモの純正接続のルーターに乗り換えていました。各種割引を使えばMVNOとほとんど料金が変わらず、容量を十分使えてかつMVNO特有の速度低下もないといういいところどりの契約ができたからだそうです。ところが利用していた割引制度の廃止などいろいろあってその割引を維持した状態での更新ができなくなり、半分以下の容量にするか二倍以上の値段を払うかになってしまいました。迷わずに再びドコモに見切りをつけ、MVNOに戻ったのだとか。ベンチマークでは大きな差のあるドコモとMVNOですが体感上の差は「昼の12時過ぎは確実に遅いとわかるけど、あとは前と変わらず普通に使える」とのことです。結局使うのはモバイル機ですしやることも据え置きのPCほど大がかりなことをやるわけではありませんから、一定以上の速度が出ていれば十分みたいです。それに本当に高速が必要なことをやれば、あっという間に容量が限界に達しますから全然意味わけですし。そう考えると、以前のWiMAXってのは本当に素晴らしいサービスでした。こういうデジタル系が趣味なせいか「昔はよかった」って現状否定することまずないんですが、WiMAXだけは別ですね。今からでも全盛期と同等の価格とつながり方さえ維持できるのならわたしは今からでもWiMAXに戻りますよ。もちろん現行の2+は全然ダメです、実行速度はどうあれ3日制限が存在するというだけで対象外です。

ちょっと前に「スマホの値段を下げろ」ってキャリアを名指しにして政府が通達を出しましたけど、結局どうなったんでしょうか。料金がちょっと下がっただけでお得感のないプランを用意しただけのところもあったようですし、プランが増えたことで割引が廃止されたりして、全体的にむしろ必要な金額は上がっているようにも感じているのですが、どんなものなんでしょう。そんなものしか選べなかった時代にPokémon GOみたいなサービスが始まっていたらたまったものじゃないですね。任天堂がスマートフォン向けゲームに手を出さなかったのはMVNOのようなサービスが普通になるのを待っていたから・・・なんてのは考え過ぎでしょうかね。

シン・ゴジラの裏切り感

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プログラムは映画鑑賞のあとで読みましょう

7月29日と言えば、Windows10の無料アップデートの最終日・・・ってのも世間ではあるのでしょうが、やはりわたしとしましては映画「シン・ゴジラ」の公開初日であります。行ってきましたよ。たとえ残像だらけのしょぼい映画館だろうと、初日にみたい、という欲望には勝てませんでした。

12年ぶりに作られたゴジラの新作。ウルトラ系以外の怪獣ものというだけでも本当に久しぶりです。その間、怪獣映画はアメリカで作られてきました。特に近年は「日本の怪獣映画に影響を受けた」と称する映画「パシフィック・リム」、そのものズバリである「GODZILLA」と立て続けに作られています。が、どちらも日本の怪獣映画に似せてあったのは表面的な部分であり、その醸し出す香りはどこか似て非なるものでした。むしろ怪獣ものを名乗っていなかった「ジュラシック・ワールド」に一番それに近い空気を感じたくらいです。とはいえ、前述の2作品が日本のゴジラの復活につながったのも事実であり、あれらにどう応えるのかが今回の最大の注目だったわけです。事前に公開されていたデザインを見る限り、正直期待半分、不安半分でした。

何か作りが異常です。セリフが大変多いうえに早口で、おまけにカット割りが非常に細かく、セリフの持つ情報を理解する暇を全く与えてくれません。それだけにある種の"お約束"である誰かがセリフを言い終わるまで他の人は話をしない、という映画では当然の演出が浮いて見え、見ていて落ち着きません。劇中意外と唐突にゴジラは現れます。そのゴジラが川をさかのぼる際に押しのけられる船の描写などは新鮮でいいのですが、全身を現したゴジラの姿は単に醜いだけでなく、従来の法則を無視する大変歪なもので、あれがゴジラとは脳が受け入れがたく、「実はゴジラの影響を受けた第二の生物の方で、ゴジラじゃないんじゃないか」と思ってしまったほどです。それだけに立ち上がってきたのはある意味ショックでした。あとになって考えてみれば、総監督の庵野秀明監督は海外のSFや怪獣映画にも詳しい人ですし、世界に売り出すためにゴジラをクリーチャーの定義に放り込むのは必然だったのかも知れませんが、そのときはなんか違うものを見ていた感のみでした。
とにもかくにも圧倒的なセリフの情報量。頭の隅にとどめながらついていくのがやっとで、後半ようやく怪獣らしい姿になったゴジラ(なんで一目で前半のクリーチャーもどきと同一体と分かったのか謎なくらい)が第一作のオマージュのごとくさまよう様子も、それを堪能する余裕がありません。展開は大変スピーディーですが、一方のゴジラ自体は後半になって巨大になったこともあって非常に動きが緩慢。前半の比較的うねうね動いていた状態でも見た目の凶暴さとは裏腹に作中でも「歩いているだけ」と言われたように、東京や神奈川に上陸しては歩いているだけで、自衛隊が攻撃をしかけてもなお反撃すらしません。もちろん歩いているだけで東京を壊滅させるほど被害をもたらす存在ではありますが、ある意味"歴代最弱"のゴジラとも言えます。ゴジラが本領を発揮するのは米軍が攻撃してきたとき、初めてです。自衛隊の兵器とは威力が違うのかダメージを受けたゴジラはついに口から熱線を吐いて反撃に出ますが、歴代のゴジラとは違って、当初は火炎を噴いて、その高温のあまりプラズマ気流のようになってビーム化するという表現をとっています。この辺り、真っ暗になった都心での戦いとなっているのが新鮮。過去のゴジラをはじめとする怪獣映画は街の明かりやサーチライト、怪獣が起こした炎で照らされていてナイトシーンにも関わらず明るくなっていることがほとんどだったので、まだ怪獣映画にチャレンジする表現方法が残っていたことを証明する、本作の白眉と言っていいシーンでした。そしてひとたび封印が解かれるや、その火炎の威力たるや”歴代最強"と呼んでいいほどすさまじく、ゴジラ自身も制御できていないというオマケ付き。序盤の早すぎてタルい展開を覆す衝撃が画面から存分に伝わってきます。

ストーリーは案外過去の作品を包み込んだものとなっており、主に84年度版「ゴジラ」に1998年のトライスター版ゴジラの要素を加えたような感じでしょうか。どちらも基本巨大怪獣はゴジラしか登場しない"これからの最初"を目指した作品であり、たたき台としては格好だったのでしょうか。監督の樋口真嗣氏は84年度版ゴジラに特撮スタッフとして参加していたそうなので、「俺ならこうしたかった」という思いが多くあったのかも知れません。それを込めた作品と言っていいでしょう。最近の日本のVFXには欠かせない白組や東映系で仕事をしている尾上克郎氏らが存分に仕事をした特撮は現在の日本の技術の集大成と言ってよく、前半などまだまだCG臭い表現も少なくないですが、それはハリウッドなども怪獣に手を付ける限り大差ないので現状これ以上を望むのは難しいといえる印象です。ただ、表現方法がかなりアニメっぽくて「完成された究極生物」として一度も「怪獣」と呼ばれなかった本作のゴジラとやや矛盾する印象もありますが、言うならば庵野監督や樋口監督の取りたかった「怪獣映画」を作ったのが"シン・ゴジラ"であって「ゴジラ映画」ではなかったのかも知れません。ゆえに、「こんなゴジラが見たかったか?」と言われればナイトシーンを除いておおむねノーです。ですが、表面をまねて本質が異なる海外の怪獣映画よりも本質として怪獣映画の柱を持って仕上げた"シン・ゴジラ"の方が怪獣映画としての満足感は充実したものとなりました。ある意味裏切られた感もありますが、それが決して不満につながらなかった映画であったことは改めて書いておきましょう。
音楽の一部は伊福部昭氏による特撮映画向け曲をオリジナルのまま利用しています。ゴジラ上陸場所が神奈川ゆえにゴジラ第一作のモチーフが使われている「メカゴジラの逆襲」を使ったり、怪獣大戦争マーチと一部モチーフが共通している「宇宙大戦争」の曲を使ったりと非常に凝っているのですが、音質に明らかな差があるのと、編曲を一切行っていないので必ずしも映画の展開とマッチしていない感も拭えず。

なお、本作はVSシリーズ移行毎回何かしら投げかけられていた「なぜゴジラはやってくるのか」について描写することはほとんど皆無でした。今回の映画は登場人物が政府関係者ばかりで一般市民的視点が一切ないため、登場人物にしてみれば現れたゴジラの対処や撃退が大事なのであって、その理由などどうでもいいことなのは当然です。ただ、一応表現や無数のセリフの一部に、少なくともわたしには「それ」と思わせるものを感じさせてはくれました。本当にセリフが多い作品なので、どのセリフ群が記憶に残ったかで各自の印象は大きくことなるでしょうし、多分気になるのなら各自で考えてくれ、ということなのでしょう。まだ一度見ただけなのでイメージを固めてしまいたくないのでここで書くことは避けますが、「現代に現れたゴジラ」ならば・・・というところです。


なお、映画とは直接関係ありませんが、Media Shakersが運営しているZunnyというサイトに掲載されているゴジラ破壊都市MAPというコーナー、データの一部提供とチェックをわたしが担当しています、と、言ってもほとんど何もしてないに等しいですが、当ブログの名前だけは掲載されています。よかったら一度見てみてくださいな

8月1日よりスーパーハイビジョン試験放送開始

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オリンピックまであとわずか、というタイミングで、日本放送協会がBS17chを利用して1日よりスーパーハイビジョン、いわゆる4K/8Kの試験放送を開始しました。

NHKスーパーハイビジョン 試験放送開始

日本放送協会側としては8Kは4Kと明確に区別していたはずですが、今回はあいまいです。4K版も放送されるのか、それとも8K解像度を持たない4Kテレビでも視聴可能になるようにチューナーが作ってあれば、というだけの話なのかは不明(多分後者)ですが、当面7時間ほどの放送になるもようです。なんとなくかつてのMUSE方式のハイビジョン放送を思い出されますが、とにもかくにもBS、それも番組を自社開発できる放送局で4K以上の解像度の放送派始まりました。と、言ってもチューナーが市販されておらず、この放送を受信できる家庭はごく一部の開発者や評論家を除いて存在しません。当面イベント会場やホールでパブリックビューイング向けとして放送される模様です。

で、4K8K放送と言えばその画質や中身なんかよりはるかに気になるのが、例の「録画禁止」問題。あれは民放連が希望しているものですから、現状の日本放送協会主導の番組はそこまでにはなっていない模様です。限られた受信環境ですから、全く規制がかかっていないことも考えられます。じゃあ話の方は止まっているのかと言いますと、止まってはいます。
録画禁止はNEXTV-Fに持ち込まれましたが同協会のDpaへの統合によって基本的には全部がA-Pabに受け継がれています。もちろん都合の悪い部分は受け継ぎの際に紛失したことにする可能性は大いにありますが、こちらで審議対象とはなっているようです。同サイト内に2016年7月6日とかなり最近の資料が公開されており、今まで多くの"検討中"だった分野について話は進み、具体的な形になりつつあるようです。が、月極め有料放送や無料放送における録画禁止項目は相変わらず”T.B.D."、つまり検討中の段階のまま放っておかれています。話にも出ていないのだから事実上やる気がない、つまり録画禁止は入らないのではないか・・・という甘い判断もできますが、委員会のそっちに関するやる気がないのだから「どうせできるようにしておいてもほとんどやらないんだろ」と丸め込まれて録画禁止可、をOKにしてしまい、結果全部の番組が録画禁止に・・・という地上波と同じ流れ(あんときは"こぴぃわんす"でしたが)になる可能性の方が高いです。なにせA-Pabサイト、見れば分かりますが「あれは禁止です」「これは違法です」ばかり目立つところですからねぇ。
どっちにしても面倒くさい技術的な話と同一扱いして、関係者だけでその話を決めてしまおうとする流れは今のところ変わっていない様子です。やはり4K8Kは我々とは縁遠い放送にこのままなってしまいそうですね。

今回の目的

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昨日からはもろもろ話題をふるまいているリオデジャネイロオリンピックが始まり、今日からは夏の高校野球全国大会が始まりました。みなさまいかがお過ごしでしょうか。日ごろテレビは録画してから、主義の人もスポーツ中継となるとやはり生放送でないと緊迫感が出ないのでテレビから離れにくくなっている人も多いかと思います。

わたしは久々に東京に来ています。と、言っても今回はすぐ帰るんですけどね。ちょっと前にわが父の癌が発覚し、「最短余命半年」と宣告を受けたことは書きました。その後の経過なんですがどうやら良好らしく、余命以外に「具合が悪くなればすぐにでも投薬治療は中断します。それほど頑張って延命しなくてもいいんじゃないですか」などとこちらの背筋を凍らせるような発言ばかりしていた内科医が「驚異的な体力の持ち主です、こんなに回復の順調な人は見たことありません」と褒めたほど。抗がん剤には拒否反応などの体調不良がつきもの、というイメージがあったのですが、それもなく、放射線治療で減少した血小板も検査のたびに増えていくなど良好なのは明らか。それだけに癌の進行が予想より早くなる、などの危険も考えられますが、当面余命云々を言わなくてもよさそうななのです。その放射線治療も先日で終了しました。これ以上当てると他の健康な臓器まで危険にさらす可能性があるため、あまり長期間はやらないのだとか。ほとんど毎日通っていた通院もしばらく休み、少し間を空けて再度検査をしてから今後を考える、とのことです。そこで「東京行ってくるなら今のうちだぞ」と父に言われまして。と、言ってもいくら治療が順調だとは言え、入院前に比べれば弱っているようにしか見えない父を放っておいて東京などへ行くのも気が引けたのですが、それを言うと「心配すんな! まだまだ大丈夫だ」と怒るんですよ。普段なんでもないときは「オレはあと寿命いくらもないぞ」と死ぬ話ばかりするくせに、こちらが心配すると反発する、まぁこうなるのは仕方ないですけどね。そういうわけでちょっとだけ東京に来させてもらうことにしました。
目的はほとんど自室のように使っている姉の家の宿泊部屋の私物整理です。特にパソコン関係ですね、実は複数台の組立PCがおいてありましたので。もう東京の番組を録画して家に持ち帰って・・・とやるほど東京と言っても地上波番組に魅力なくなりましたので、そのPCを処分して、今後東京にまた来られることがあったとしても、ノートパソコンを持ち込んで・・・とやろうと思ってのですが、やはりデスクトップPCの方がノートパソコンよりたとえ劣った性能のものを使っていても断然便利。画面は大きいし、キーボードとの距離も好きなポジションにできるし、DVDドライブも邪魔にならないように内蔵できるし。これらと比べるとやはりノートパソコンというのは一時的な代用品としかわたしには感じられないですね。タブレットくらい割り切ったものだと逆に使い道も多いのですが、デスクトップ愛好家からすれば14型などの大型ノートパソコンはあらゆる意味で中途半端です。で、やはり一番小さなMini-ITXのキューブ型ケースに入れたPC一台はディスプレイとともに残してもらい、万が一の時はこちらに送れるよう、ケースを買った時のダンボールを目立つところに置いておくことにしました。結局中途半端な荷物整理になりましたが、仕方ないです。まだ完全に東京との縁を切りたくないですし。

日曜日はせっかくなので秋葉原へ。と、言っても今回買いたいもの特にないんですけどね。久方ぶりの秋葉原は少し街並みも変わっていて、昔T-ZONE後ドスパラの少し大型だった店舗が建物ごとなくなっていたのは少しガッカリ。何かまた秋葉原が狭くなったような気がします。結局買ったのはいくらあっても困らないHDDやUSBメモリと言ったストレージばかり。その目的の一つが、今までため込んできたポイントの消費でしたし、ある意味なんでもよかったんですけどね。

もう2日ほど居て実家へ戻ります。その前にシン・ゴジラこっちの劇場で見ていこうかと思ってます。ここ最近東京に無理していかなくても・・・という感覚でやってきていましたが、今後しばらくは逆に行ける時には東京へ行っておいた方がいいな、と言う気になってます。年内にあと2回くらい来られたらいいな。

本人も忘れていた、11周年

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昨日、東京から家へ戻ってきました。いつもならもう1~2日いるところを早めに切り上げてきたのですが、勘は良かったようです。我が父が体調を崩していました。病気が進行したか、治療の副作用かと心配しましたが、どうやらいわゆる熱中症だった模様。我が母が気を利かせて水をたっぷり飲ませたところ、だいぶ気分が良くなったようです。我が父はいまだに大昔の根性論「冷房は使わずにガマンしたほうがいい」「夏に水を飲むと汗が出て体力が低下するから飲まない方がいい」を信じて生きておりまして、それが悪い方向へ出たようです。今までは体が達者だったのでそれでも持ったようですが、さすがに病気の治療で体力が落ちており、それでは太刀打ちいかなくなったのでしょう。とりあえず一日休ませながら、冷房と水の重要性をこんこんと説いておきました。

と、バタバタしていたのでコロッと忘れていたのですが、昨日でこのブログ、11周年でした。と、言っても昨年10年だったのと比べると11年なんて全然大したことないですけどね。切りも良くないし、何より昨年以上に更新はダラダラになってせいぜい月に数回しかなくなっております。多ければ日に3回も更新していたあの時はよくやれたなぁと自分を関心。
もちろんこっち、テレビ番組録画分野が全然盛り上がらないのが一番の原因なんですけどね。オリンピックも始まったというのにちっとも盛り上がらないレコーダー売り場。新型どころか旧式を安く売ったりとか平気でやってますし、新型はせいぜいフルオート録画機がちょっと目立つ程度。まぁオリンピックみたいなスポーツ競技って録画して残しても面白くないですしね。テレビ売り場のほうは4K4Kと力を入れてますが、基本4K放送でオリンピック見られませんし、やはり盛り上がりに欠ける印象。放送界にあり続けた伝説「新放送はオリンピックかワールドカップが起爆剤となって普及する」に間に合わせずにどうするんだろ、とか思うわけですが。やはり4K8K放送は第二のMUSEになるのか・・・と心配せずにいられません。どうせ録画できなくなるでしょうし、第三者的視点で十分と思ってます。

一方、録画を前提としない配信放送は世間的にだいぶ充実してきました。まぁその一つでリアルタイム放送前提のAbemaTVはどうも開始前の予定とはだいぶことなる視聴者層になってきている印象ですが、それでも基本無料ということもあってほどほど固定視聴者もキープしている感じです。ああして徐々に人は録画から離れていくのでしょうか。その一方で我々はついにアースソフトのPTシリーズを失いました。まだPLEXのPXシリーズが健在なので新たな環境を作ることは無理ではないですが、PTと比べると情報量が極端に少なく、より初心者にハードルの高いものとなってしまっています。もう衰退の道を着実に歩んでいる録画という文化ですが、それでも手を変え品を変え、残り続けていくと信じています。ただ、今後はそうした情報をネット上でやり取りすることも難しくなっていくでしょう。書いただけで御上のお叱りを受ける、そういう分野になってきているのですから。言論の自由ってなんなんでしょ。

と、グチばかり書いても仕方ないですね。その代わりにPCの動画再生能力は上がり、ソースさえあればどの再生機よりも広範囲に高画質な動画を再生できるようになってきています。こうした前向きな事実もあるわけですし、まだまだ先はあると信じてこれからも進んでいきましょう。ただ、そろそろWindowsだけだと限界を感じてきています。正確にはWindowsが悪いのではなくWindowsを排除するのを前提として展開している動画業界のせいなんですが。Androidの動画再生がより広い範囲で展開していくのを期待しつつ、12年目を過ごすとしましょう。12周年目も楽しい気分で迎えられますように。

シン・ゴジラ誕生の妄想

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ここで書くことに証拠や根拠はありません。ですが、映画を見て考察するというのはそういうものだと思います。あくまでわたしの脳内で納得しただけの妄想です。

人によって、あるいは作品によって異なると思いますが、少なくともわたしにとって「シン・ゴジラ」はどうにかして解釈を付けないとどうも何かが詰まったような感覚を覚える作品でした。例えば作中における音楽の一部を過去の東宝特撮作品で使用した伊福部昭氏を流用してしようしていますが、その中で決戦シーンに「宇宙大戦争」に使われていることが初見ではもう一つ納得のいかないものでした。ゴジラの鎌倉進入時には「メカゴジラの逆襲」の曲を、それも曲調の変わる楽章以降を使わず、冒頭部分だけをわざわざリピートして使ったのはその部分だけが「ゴジラ」第一作に使われたテーマ曲のモチーフが使われているため、知らない人には第一作の曲に聞こえるためと、「メカゴジラの逆襲」が鎌倉と同じく神奈川県内の横須賀市を舞台としているためでしょう。しかも「メカゴジラの逆襲」は当時のサイズ50m前後にはやや大き過ぎるサイズで怪獣が合成されているシーンがあり、それが「シン・ゴジラ」の118.5mに近い印象を受けるというのもあったと思われます。それくらいマニアックなこだわりをもって選曲された作品なのに、あまりあっているとは思えない「宇宙大戦争」の曲を使ったのはなぜなんでしょうか? それをはじめとするいくつかの初見で発生した謎に迫るため、わたしは東京にいたときにもう一度「シン・ゴジラ」を見てきました。クライマックス、確かに必ずしも合っていないのですがそれでも何かこみあげてくるものが・・・。ああ、思い出しました。確かに「宇宙大戦争」の曲でゴジラシリーズに使われた曲ではありませんが、一度だけゴジラに合わせて使われたことがありました。それは「キングコング対ゴジラ」の予告編でです。その予告編において「宇宙大戦争」の曲は「ゴジラ勝つか? コング勝つか? 世紀の大決闘!」というキャッチの字幕が三カットの細かくスピーディーな組み合わせの部分で使われ、ファンの心を熱くさせる一翼を担っています。なるほど、あそこの選曲者は「キングコング対ゴジラ」の予告編に燃えた人だったのか、ゴジラと日本の"世紀の大決闘"に合わせるにはこれ以外なかったのかも知れません。もちろんわたしの頭の中だけの勝手な納得ですが、物が詰まっていて棒が通らない筒に何度も棒を突き刺し続け、うまくヒットして詰まっていたものが一気に零れ落ちたような感触を覚えました。やはり映画を理解するには良い音質の劇場で鑑賞するのが正しいのだと改めて思った次第です。

しかし、わたしにとっての「シン・ゴジラ」最大の謎はそこではありません。序盤登場する従来のゴジラ像とは似ても似つかない、第3段階までのゴジラのことです。「シン・ゴジラ」は公開まで内容のほとんどが秘密とされ、それ以前に発売された関連図書も中盤以降のゴジラの姿やスタッフインタビューが内容の大半を占め、序盤ゴジラに関しては一言も触れられていませんでした。不完全な姿の幼体ゴジラ(所謂ゴジラらしいゴジラは第四段階だそうですが、第一と第二段階の区別が劇中イマイチよくわからないので第三段階まで含めてこう呼称します)がその中でも最大の秘密、トップシークレット扱いだったのは間違いないでしょう。しかし、なぜあの姿のゴジラを描いたのでしょうか。今までもゴジラとあまりに違うイメージの、クリーチャーにも似たデザイン。特に第一段階は従来の日本怪獣が持っていた怖さ醜さの中にもどこか美しさがある、そういうデザインに全くなっていません。別にああいうゴジラを出す必要はなかったはずですし、むしろゴジラの神秘性を大幅に損なう結果にすらなっているはずです。今のところ「シン・ゴジラ」の評判は少々気味が悪いほど好評しか聞こえてきませんが、あの幼体(妖怪?)ゴジラを評価する声はあまり聞こえません。見なかったことにでもしているのでしょうか。だからこそあそこに最大の謎がある、そう思えてならなかったのです。
映画初見直後に考えていた理由は
・怪獣だけでなくクリーチャー的存在を出すことで海外で受け入れられやすくする
・放射能の影響での奇形をより強調したかった
・どことなく1998年トライスター版GODZILLAに似ている点から、実は庵野監督はトラゴジが好きなので出したかった
などを考えましたが、わたしの疑問の筒は詰まったままで棒は突き刺さるのが精一杯で向こうまで突き抜けてくれません。一番しっくりくるのは第一段階ではあきらかにゴジラには前腕がないことから2番目の"奇形"強調説なんですが、最終的には生えてくるわけですからやっぱり違う気がします。大体前腕や前足がなくて後足だけある動物なんて、せいぜいカエルの子のオタマジャクシの成長過程の途中くらいなものでしょう。劇中でゴジラは「進化の過程を個体だけで実現する完全生物」なんて言ってますが、まるで進化するがごとく大きく姿を変える動物という点ではカエルだって同じです。でもカエルは完全生物どころか動物の中では原始的な方でしょう。他に進化過程を得るがごとく成長する生物と言えば、完全変態の昆虫でしょうか。昆虫はある意味完全生物だなぁ、両生類や哺乳類のような脊椎動物とはまるで違う身体的特徴を持っていることですし、節足動物の究極と言ってもいいかも。でも昆虫怪獣だとモスラかいますし。

・・・ふむ、昆虫・・・。昆虫と言えば・・・。

一度"昆虫"が思考に入ってきてから急速に考えがまとまりはじめ、思いついた一つのキーワードが新たな考えを導きました。思いついたキーワードは"擬態"、そこから導かれた考えは"収斂進化(しゅうれんしんか)"でした。
擬態とは主に昆虫類に見られるもので、他の生物に似た外見を持つことで外的あるいは獲物目をごまかすという一種の防衛能力です。ナナフシのように木の枝そっくりの外見で紛れるものもいれば、ハナアブのように目立ちますがハチに似ることで強そうにみせるものもいます。一方収斂進化とは擬態の後者の例と似ていますが、進化元となる生物全く異なるものでありながら、似たような生活環境で進化の過程を経たことで似た外見を持ってしまった生物関係をいいます。昆虫類ではカマキリとカマキリモドキの関係が有名ですが、サメとイルカのように脊椎動物でも珍しくありません。ひょっとしたら、幼体ゴジラは「シン・ゴジラ」のゴジラ(以下シン・ゴジラ)は従来ゴジラの収斂進化にすぎず、似ているだけで全く異なることをより強調したかったので出したのではないでしょうか。

もっとも、わざわざそうして強調せずともゴジラとシン・ゴジラが全く異なる存在であることは明らかです。ゴジラは第一作での「水爆大怪獣映画」のキャッチが示すように水爆・核兵器をイメージとして持っています。それはひとたび人類に向けられるや未曾有の被害を引き起こしはしますが、その一方で最強の防衛手段として有効であり、人類の、あるいは日本を守る役割すら果たしています。ゴジラは水爆・核兵器であると同時に米国の現身であったとわたしは考えています。最強にして凶暴、自分に歯向かうものには容赦しない、その代わりに人類が共存を望むのなら守ることもやぶさかではない。少なくともゴジラ初期作品群から"東宝チャンピオンまつり"シリーズに関してこのイメージは一貫しています。一方、シン・ゴジラには核兵器の匂いは感じません。これは「日本も核兵器を持つべきだ」と大きな声で唱える人が出てきている昨今、核兵器を投影してもリアリティーがないからでしょう。作品を見る限りシン・ゴジラに投影されているのは原発でした。だから政治家官僚が登場人物のほとんどを占める本作のシン・ゴジラは冷却で完全に管理される最後を迎えなければならなかったのです。そして見た目に反して凶暴性は薄く、痛い目に合わなければ攻撃を受けても全く反撃しませんが、ひとたび痛い目をみるや自分でも制御できずに活動を停止しなければならないほどの異常な反撃をみせ、周囲を焦土と化しました。そのあとはそれまでとは逆に過剰なほどの防衛反応を見せ、偵察機を遠距離から撃ち落とすほどの反応を見せます。ゴジラが米国の現身なら、シン・ゴジラは日本の現身です。それは作品を見る限り確かであり、世界が違うとはいえ、収斂進化と呼んでいいほど違う存在なのは間違いないでしょう。ならばなぜ批判覚悟で幼体ゴジラを出したのか。

ここでちょっと実験をしてみました。サンプルとして怪獣映画に比較的詳しく、ゴジラに関してはちょっとうるさい人間を用意しましょう、と言ってもわたし本人しか用意できる該当者はいませんが(笑)。そしてわたしにこんな提案がなされたとします。「今度の新作ゴジラのたたき台にするから、ストーリーやゴジラの設定の原案を考えてみろ」と。
まず最初の2日ほどはポーッとしながら漠然としたイメージを膨らませ、落書きのようなメモ書きととりながらだいたいの感触をつかむことに専念します。3日目にぼちぼち下書きだけでも始めるか・・・とPCの前にすわってキーボードをたたきはじめ・・・数ページ書かないうちに全文消去、書き直そうと最初からやり直してもその半分くらいでまた全文消去、それを繰り返すうちにとうとう一文字も書けなくなってしまい、さらに三日三晩そこらへんをのたうち回ったあげく「無理ですごめんなさい一文字も書けませんでしたお願いですから全部なかったことにしてください」と土下座してあやまる未来しかシミュレートできませんでした。
ゴジラを知っている、ということはゴジラのイメージにとらわれやすいということです。特に「オレのゴジラ」のイメージのある人ほどその傾向は強いでしょう。新しいゴジラを書こうとしてもそのイメージを引きずる限り、何もできないということがよく分かりました。もちろんド素人とプロを同じ次元で比べちゃいけないかも知れませんが、今回ストーリ脚本を担当した庵野監督が「ゴジラ」のイメージの重さに苦悩しなかったわけは絶対にないです。これを解決して自分の書きたいストーリーでのゴジラを書く方法、一番手っ取り早いのは"ゴジラに似て異なる怪獣”をまず定義して"ゴジラみたいだけどゴジラじゃない怪獣"が出てくるストーリーを一度完成させ、そのあとでその怪獣をゴジラにすべく肉付けするやり方だと思います。幼体ゴジラはその名残であり、これを登場させなければ「シン・ゴジラ」を作ることすらできない、己の精神をささえる「ゴジラにあってゴジラに非ず」の象徴。それがわたしの疑問の筒に詰まったものを全部取り除く答えでした。「シン・ゴジラ」初見において得た感想、「怪獣映画としては面白いけど、ゴジラ映画としてはなんか違う」の想いともピタリ一致しますし、少なくともわたしの中では一本の線がようやくつながりました。もちろん証拠など一つもありませんし、おそらく製作中に感じた裏側全てが明らかになることは絶対にないでしょう。各自が疑問を持ったものは各自が勝手に自分の答えを見つければいいのです。
「シン・ゴジラ」の続編は非常に難しくなるでしょう。本作はできることには全力を傾けましたが、できないこと・難しいことは少しごまかす感じで作っています。なかでもゴジラをほぼフルCGで製作したことは、後のことを考えたらよかったのかどうか。従来とは違い、破壊するミニチュアをぬいぐるみのサイズに合わせなくてもよくなったため、おそらくかなり大きく作ったミニチュアが破壊されるシーンは見応え十分ですがその分CG主体の都市破壊は見劣りしますし、ほとんど動いていないシーンはリアリティも十分あるゴジラも動き出すとCG臭さがまし、現実味がなくなるシーンも多々見られました。おそらく現状の日本のVFX技術で怪獣を大いに動かし、怪獣同士が戦ったりするのはかなり難しそうです。かと言って毎回今回みたいな話ではすぐに飽きられますし。おそらく続編は何をやっても「シン・ゴジラは良かったのに」と酷評されるでしょう。アメリカの怪獣映画の作られ方次第では、また日本のゴジラは眠りにつくかもしれません。

最後にもう一つ疑問。今までゴジラものが作られるたび「反核メッセージのないゴジラはゴジラじゃない」というお約束の批判が浴びせられたというのに、なんで「シン・ゴジラ」はそういう批判が表に出てこないのでしょうか? 今まで批判してきた人は本作についてどう思っているのか知りたいところ。わたしはゴジラは第一作から反核ではないと解釈しているのでそういう批判をする基礎思考がないので、シミュレートのしようがないのです、はい。

ピクセラ記事から見るアナログ時代の思い出

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高校野球全国大会が終わり、リオオリンピックもほぼ同時に終了し、一度にテレビからスポーツイベントが消えたとともに日本列島は台風に見舞われているわけですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。わたしは台風が過ぎ去った後のフェーン現象を恐れています。もう暦の上ではすでに立秋を過ぎていますので、この時期の暑さはすでに「残暑」と言わなきゃいけないのですが、今や残暑の方が暑中より暑いと言わざるを得ません。いい加減残暑なんて死語扱いでいいと思うのですよ。もはやこの言葉はあの一言のためだけに存在するといっても過言ではありません。

ああ、残暑が厳しいざんしょ


と、いろいろ疲れて壊れかけているわたしです。どうにも先のことを考えても明るい兆しが見えないので、たまには昔を振り返ってみましょ。先週こんな記事が載ってました。

PC向け「TVキャプチャ」は何処へ行く? ピクセラに聞くPC録画の歴史と未来

アナログ時代からPC向けキャプチャーボードを作り続けているピクセラさんの話が載ってます・・・って17日の記事ですね。取り上げるの今更かよ、と怒られそうですが最近どうにも遅筆になっちゃいまして、悪い方向に枯れてます、トホホ。
いや載っているのは懐かしい話ばかり。話は当然ピクセラの製品が中心なんですが、当時キャプチャーボードとして人気があったのはカノープス(現グラスバレー)ということもしっかり書いてます。今のように放送波を完全な形で取り込むことができなかった時代でしたから、各社各製品ごとに特長があり、新製品が出るのが楽しみでした。あの頃は良かったとは言いませんが、華やかではありました。と、言ってもわたしはピクセラの製品を使ったことは実はないのです。実際当時の製品群を見てもカノープス・アイオーデータ・NECあたりがキャプチャーボードの人気に関しては上位でピクセラはメルコ(現バッファロー)あたりと並ぶ中堅どころの印象がありましたし。ただ、わたしはむしろ人気上位のメーカーより中堅以下のメーカー製を好んで使っていましたけどね。このブログを始めた時に取り上げたのもプレクスターのPX-TV432P(うわ、懐かしすぎ)なんてマイナーなボードでしたし。ピクセラの製品を使わなかったのは、人気上位でないにも関わらず製品の作りが固く、特徴が見えなかったことがまずあります。それとわたしは当時ファン付のグラボを買った際にそのファンのせいで画面にノイズが発生し、画質が低下するという苦い経験をしたためにチップにファンが付けられるとそれだけで敬遠する傾向にありました。ピクセラのキャプチャーボードは記事に載っているPIX-MPTV/P1W、後継のPIX-MPTV/P2Wとチップにファンが付いていたため、ノイズの発生を嫌って避けていたんです。その後出たPIX-MPTV/P4Wは国内メーカー製の部品を集めて作ったピクセラのキャプチャーボードの一つの到達点と言っていい良品でしたが、これも見た目がELSAのEX-VISION700TVというソフトタイプのキャプチャーボードにそっくりだったので、独立した製品としての魅力に欠ける寄せ集めに見えちゃったんですね。結局最後までピクセラのキャプチャーボードを使うことはありませんでしたが、果たした役割は決して小さくないと思っています。WindowsXPにテレビソフトが統合されたMCE版が出たときも、真っ先に対応したのはピクセラでしたし、MSなど外部との連携連絡を密に行っていた行動的なメーカーという印象は持っています。
ただ、悪い面でもそうだったみたいですね。先の記事を読むと、DpaやJEITAと言った、事実上録画規制の談合団体にすり寄り、PC向け録画を規制ありき、にしてしまった張本人はピクセラだったようです。わたしは最初の無反応型PC用録画機、Friioを"違法チューナー"と勝手に位置づけたかの日経の記事に反発して、規制チューナーを"所謂合法チューナー"と皮肉を込めて呼んでいますが、その所謂合法チューナーを当然の存在にしたキッカケはピクセラでした。ただ、それによってPCでのテレビコントロール機能や市場は目に見えて衰えていき、一時は多くのPCに標準搭載されていたテレビ機能が一部の製品にしか搭載されないものになっています。こうした市場を縮小させた一番の悪はテレビ業界の談合ですが、ピクセラはその片棒を担いだ、と言われても仕方ないようです。むしろ解放にむけて努力してくれれば(したのかも知れませんが、いまだに口にも出せないのならしてないも同然)、ひょっとしたら各社がアナログ時代と同様とまではいかずとも、鎬を削るキャプチャーボードの新製品を次々と出す市場が残っていたかも知れません。そうだったら、デスクトップPCの衰えも今よりは緩やかだったでしょう。わたし、先日従兄の息子にPC用キーボードを「壊れたパソコン」と評されたことに愕然としました。小学生の彼にとってパソコンと言えばノートパソコンのことであり、キーボードが独立しているデスクトップPCの存在など知らない世界の存在だったようです。もっとPC録画が当たり前だったら、ひょっとしたらそうはならなかったかも・・・。いろんな意味でピクセラのやったことは罪だなぁと思ってしまいますよ、わたしは。

Colossus報告 Win10化でキャプチャーが安定

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久々にいただいた情報から。

先日メッセージをいただきまして、それによりますとColossusというH.264エンコーダー搭載キャプチャーボードの挙動がそれまで使っていたWin7からWin10に変更したところ、改善したということですので、ほぼ全文をこちらに転載させていただきます。なお、メッセージでの投稿ですので、念のため、お名前(HNですが)は伏せた形としておきます。

(ここから)
今でも使っている人がいるかはわかりませんが情報だけ。
ずっと愛用しているColossusですが状況が変わった(改善した)ので報告します。

録画環境はFX-8350にColossus、WIN7ULTという状況をここ数年ずっと保持していて、7/29のキャンペーン終了前にWIN10に上げました(クリーンインスコではないです)。
さらにAniversaryアプデも行いました。

WIN7環境では以下の不具合がありました。
・左端2ライン分青筋が入る(右にラインシフトしている)
・10〜20回に1回くらいの割合で録画ファイルの時間情報がとんでもないことになる(再生はできるがタイムバーでとばしたりするとおかしくなるファイルとなる。VLCやMX動画プレイヤーでも同様)
・時たま一瞬録画停止したような感じでシーンがワープする(1秒くらい)
・録画終了してアプリを正常終了させようとするとアプリが落ちる。

WIN10直後
・時間情報がおかしくなる現象が出なくなった。
・一瞬の録画停止か無くなった(今のところ起きていない、普段だったら必ずとっくに出ていてもおかしくない現象が全くない)
・アプリ起動時、必ずD端子入力指定なので毎回HDMIをセレクトしていたのに前回終了状態を保持するようになった。

Aniversaryアプデ以後
・左端2ラインの青筋が消えた。これはアプデ前のキャプチャとそれ以後で無くなっていたので顕著。

上記改善はアプリ、ドライバ、HWの入換を何一つ行っていません。
OSだけで色々直るとは考えてみたこともありませんでした。
もしかしたらHD PVR2も青筋に関しては同じ現象だったので直るかもしれません。(持っているんですが、細かくパラメーター指定の出来るColossusの方が便利で、HD PVRは使える環境が無い)

世間的には録画保存はPT3等で無劣化、実況系では遅延の少ないAVer製品が中心でColossus、HD PVR系はマイナー運用だと思います。
ただPT3系はファイルサイズが大きい、AVerは基本的にVBRに対応していない(としか思えない画質とファイルサイズ)。
hauppauge製品はH.264でのHWエンコ且つVBRしており、ビットレート12M程度ならほぼ画質が荒れない上にシンプルな画だと圧縮がやたら効いて想像以上にファイルサイズが小さくなるときがあります。(アニメは圧縮が効きやすいらしく、TS30分ものが約4GBだとすると大体1〜2GBになります。2時間実写映画で6〜10GBくらい)
WIN10Aniversaryアプデで一番の問題であった左2ラインの青筋も完全に直ったとすれば、ある意味最終形でこれからも使い続けられると思いました。

サンプル情報が1しかないので信憑性は△くらいだと思いますが情報まで。
(ここまで)

どうもありがとうございました。
投稿者もおっしゃっているように、現状PCでのテレビ番組取り込みはPT3を経由したものが主流で、H.264/AVCエンコーダー付きキャプチャーボードはマイナーな部類にはいります。現状発売されているキャプチャーボード・ユニットともゲーム機のプレイ画面を取り込んでYoutube等にアップする用途が主流ですし、最近はゲーム機自体がプレイ画面を保存したりしてしまうため、こちらの用途も限られつつある印象です。今回状況が変化したのは、Win10へのアップグレードは多くのドライバを内蔵のものに上書きするため、それによって今までおかしかった部分が改善したのではないかと思われますが、いずれにしても理由ない限り、OSはなるべく新しいもののほうがよさそうですね。特にWin7はもはや古いOSでしかありませんし。
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