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Channel: 録画人間の末路 -
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最後の寿司

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先日まで行っていた東京は1月としてはあまりに暖かく、暖房など全く不要で薄着で過ごしていて、厚めのコートなど着ていったことを後悔するほどでしたが、実家へ戻ってきたらその差もあってかまぁ寒いこと寒いこと。「東京は季節が違う! あそこは別の次元! 多分東京には冬がない!」などと喚いておりました。ところが、今日は雪が降ってかつ積もったというではないですか。多分寒いんでしょう。やはり東京と言えども冬になることもあるのだなぁと雨ばかり降る我がふるさとで感心しております。

そんな東京に行っている間にちょっと寂しい出来事が。わたしは結構食道楽なんですが、子供のころからよく行っていた地元のお寿司屋さんが閉店してしまっていました。ただ、去年の11月ごろからずっと臨時休業だったのでひょっとしたらこのまま二度と開けることはないかも・・・。と覚悟はしていたので、来るべきときが来たか、という思いだけです。
その店は知る人ぞ知る名店で、決してガイドブックになど載らない店でした。格好つけて取材拒否、とか言ってるんじゃなくて、店長と奥さんの二人だけでやっている店なので、大勢お客が来ても捌ききれないので紹介を断っているだけです。なのでよく名店にある完全予約制なんてこともなく、飛び入りで普通に食べられます。ただ、その日その日でネタが全く違うので期待のものが食べられない日もあれば逆に非常に珍しい新作を出してくれることもあります。わたしなどは結構可愛がられていて、「あんた、こういうの好きだろ」と好みに合いそうな寿司を握ってくれたものです。そこまでしょちゅう行っていたわけではないのですが、なんとなく覚えられていましたね。
店長の親父さんの腕はたしか。元々寿司ではなく、日本料理の板前あがりということもあってフグの免許を持っており、それを店に掲げて営業していたので、運が良ければフグの寿司が出ることもありました。包丁の腕も相当で、仕入れた生食用の牡蠣が大振りだと食べやすい一口サイズに切って出してくれるほどです。もちろん箸で持ったくらいで中のエキスが外に出てしまうような柔な切り方は絶対にしません。わたしの知る限り、生牡蠣を平気で包丁で切ってだすのはこの親父さんくらいなものです。

この店に最後に行ったのはもう半年も前の初夏。たまたま外食したくてブラリと立ち寄ったのですが、そしたら
「kさん、勘がいいねえ、10年に一度の大ネタあるよ」
とニコニコして何事かと思って頼むと、それは地物のクロマグロでした。
クロマグロが取れる地方の寿司屋なら地物のマグロくらい置いて当たり前、なんて思っちゃいけません。この店、マグロおくこと滅多にないんです。あってたまにミナミマグロがあるくらいです。と言うのも、先に書いた地物のクロマグロ、取れても絶対に地元市場には流れてこないんです。全てトラックに積まれ、東京は築地の魚市場に運ばれてしまうので、住んでいる住民は地物のクロマグロの身の姿すらほとんど見ることはできません。これは地元放送局で作られたローカル番組でも語られていたことであり、公然の事実です。その番組では築地で高くセリ落とされるマグロを誇らしげに語っていましたし、わたしがBS12で見ている寿司番組"早川光の最高に旨い寿司"でも、時々「この時期一番いいのは○○のマグロですね」と我が地物のマグロを出してくる東京の店がありますが、正直恨めしいです。極稀に「地物のマグロ」と一部の店で出てくることはありますが、それは東京の業者にはじかれた選りすぐりの二級品以下のシロモノだけです。まぁすべての地域でそうだ、ということはないでしょう。マグロの上がる漁港がある町と言って観光資源にしているところなどはだいぶ事情が違うでしょうが、それでも一級の上以上、特級品は残らず東京に送られるはずです。いくら食道楽を気取り、名店を知っていると言っても、東京あるいはその近辺に住んでいない限り、クロマグロの本当の良さの体験はできません。東京近郊在住者だけに許された特権と言ってもいいのがクロマグロです。もちろんわたしが東京に比較的行き慣れている、と言っても誰かの紹介でもない限り、いいマグロを入れている名店の暖簾をくぐるのは怖いですね(^^;)
なお、代わりに二級品やそれにも満たないものは優先的に地方に集められる、という話を又聞きですが聞いたことがあります。これは「寿司と言えばマグロ」と考える人が多く、地方の寿司屋は下物でもいいからとにかくマグロを置かないと客をガッカリさせるという考えから、足元を見られても高く仕入れるから、だそうで・・・。マグロに関して言えば地方の名店より東京の大衆店の方が良いものが食べられる可能性が高いほど二極化が進んでいる、と言っても言い過ぎじゃないのです。本当にたまーに暖簾分けの影響で築地のマグロ業者から仕入れられる地方の寿司屋もある、と言う話もありますが、わたしの知る限り地元にそんな店一軒もありません。そういうわけでこだわりの寿司屋はむしろマグロを置いてない、置きたがらないことで見分けるという手もあったりします。
そして、この時訪ねた寿司屋さん、そういうわけで滅多にマグロをおかず、ましてクロマグロなんて・・・と言う店だったのですが、この時は珍しくもこの親父さんの目にかなう地物マグロが入荷できたのでした。た・だ・し、所謂ホンマグロ、大人のクロマグロではなく通称"メジ"と呼ばれる一般魚に近い程度の大きさしかない幼魚です。さらに言えば時期はずれであり、サイズが小さいため筋の関係で握りの寿司ネタに切りづらく、かつ身の色が黒くて見た目があまり良くないという理由ではじかれたのですが、それでいて赤身の味(メジではトロはあまり取れないらしい)は十分親父さんの目にかなう、というネタは本当に10年に一度あるかないか、くらいのものだったのでしょう。先に言いました通り握りには向かないネタですので太目の鉄火巻きでいただきました。「マグロの香り」と言うものをわたしはこの時初めて体験できたのです。

結局このマグロの鉄火巻きがこの店の最後の寿司になりました。このあと親父さん倒れたらしく、ずっと入院していたのですが店を続けられるほどは回復せず、畳むことにしたそうです。もちろん本人まだやる気十分なのですが、やはり寄る年波には達人も勝てなかったんです。最後のマグロの味は多分二度と体験できないでしょうから、舌の想い出として取っておくことにしましょう。お疲れさまでした。

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